落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は、「枯れ葉」。

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今回は地味なお題だな……と思案しているうちに1週間が経ってしまった。

 ここのところ、3夜連続の独演会などで本業が忙しかった。

 新幹線での移動中はいつも原稿を書く時間にあてているのだが、最近は落語に追い立てられ稽古に没入してしまい、つい原稿がおろそかに。いや、それが正しい落語家の在り方なんだけど。いつもが本末転倒なのだ。

 稽古は散歩しながらが一番いい。録音した師匠の噺をイヤホンで聴きながら、かぶせるようにカラオケみたいにブツブツ唱えながら町中を歩き回る。

 歩くペースが落語の語りのリズムに合って、頭にスーッと入って覚えやすい。散歩中はギャグが思い浮かぶ率も高い。

「いいの浮かんだ!」と思ったら、立ち止まってすぐにメモをとる。ニヤニヤ薄笑いを浮かべながら、また歩き始める。

 熱が入ると、右を向いたり、左を向いたり、指さししたり、泣きそうな顔をして歯を食いしばったり、怒り顔で中空を見つめたり……はたから見たら不審者だが、当人は一生懸命だ。

 近所の大きなイチョウの木がある公園。朝、真っ黄色のかたまりが風に煽られて震えている。葉っぱが舞い降りて、ちょっと異空間の趣。

 早朝は近所のじいちゃんばあちゃんが太極拳をしている。黄色いトルネードの中心でゆっくりと規則的に動くお年寄りたち。端で見ていると、狐か狸に化かされているかのようだ。

 故障した人工衛星のように、自由に適当に『落語衛星』はさまよう。

 近所の高校の周りをグルグルグル。部活の早朝練習を眺めつつ、ブツブツブツ。女子テニス部の前で立ち止まると通報されそうなので、野球部のノックを横目にブツブツ。

 
 スーパーマーケットの荷下ろしを観察しながら、ブツブツ。ガラス張りの向こうでは、レタスの棚が埋まっていく。

 お腹が減ってくる。落ち葉がみんなレタスならいいのに……。レタスチャーハンを夢想しながら、最寄りの駅前に向かう。

『紅葉』は『枯れ葉』と言ってよいのだろうか? 駅前では今度の選挙の立候補者が通勤客を相手に声を張り上げていた。

 誰も立ち止まらない。でも彼は喋り続ける。

 遠くからブツブツ落語をつぶやきながら、候補者にイデオロギーを無視して共感。

「共に頑張りましょう」

 電信柱には彼のポスター。ポスターの彼は『紅葉』、実物の彼は『枯れ葉』といった様子だった。同じだがまるで違う。

 そろそろ朝食の時間だ。落語衛星は地球へ帰還。フラフラとくたびれ加減で、家の前を掃除する。竹ボウキで落ち葉をかき集める。ところどころ、金木犀の橙色の花びらがアスファルトの目につまって出てこない。

 あきらめる。買ったばかりのウィンドブレーカーを脱ぐと、フードの中にイチョウの葉3枚と名前のわからない枯れ葉が数枚、金木犀の花びらがちょっと。特に感慨もなく、庭に放り出すのだが、イチョウの葉は重厚感が違うな。落ち葉だけど、枯れていない。名前不明な葉はおじいさんのような軽さだった。

 明日もブツブツと歩くつもり。フードの中が落ち葉でいっぱいになれば、稽古してる落語も身体に染み付いてくるはずなんだけど……ちょっとまだみたいだ。

週刊朝日 2016年11月25日号

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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