東尾修 日ハム日本一のカギは栗山監督の“勇気”と分析 (2/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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東尾修 日ハム日本一のカギは栗山監督の“勇気”と分析

連載「ときどきビーンボール」

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週刊朝日#東尾修
広島を破り日本一を決め、胴上げされる日本ハムの栗山監督=10月29日、広島市・マツダスタジアム (c)朝日新聞社

広島を破り日本一を決め、胴上げされる日本ハムの栗山監督=10月29日、広島市・マツダスタジアム (c)朝日新聞社

 一方、緒方監督はシーズン通りの戦いを意識し短期決戦の戦い方はしなかった。日本ハムと違って「動く必要のない」状況でもあった。連勝スタートした上に、勝利の方程式といえる今村、ジャクソン、中崎がそろっていた。日本シリーズの経験を持った選手もおらず、特別な戦い方をするよりも……と考えるのも一つの考え方だ。唯一、4対10で敗れた第6戦の八回の投手交代機だけは指摘しておく。ジャクソンはレアードに満塁本塁打を浴びる前、投手のバースに適時打されて、2点のリードを許した場面で代えてほしかった。まだ2イニング、広島の攻撃は残っていたのだから。

 パ・リーグはソフトバンクというライバルがいて、そこに勝つためにあらゆる手を日本ハムは講じた。打順もそうだし、大谷の変幻自在の二刀流起用もそう。勝つための「変化」に首脳陣も選手も慣れていた。一方、広島は独走V。ある程度固定した打順、メンバーで戦った。そんな違いも短期決戦で出たと言える。

 ただ、今年の日本プロ野球を盛り上げたのは間違いなく両チームだ。球団の関係者には惜しみない拍手を送りたい。

週刊朝日 2016年11月18日号


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東尾修

東尾修(ひがしお・おさむ)/1950年生まれ。69年に西鉄ライオンズに入団し、西武時代までライオンズのエースとして活躍。通算251勝247敗23セーブ。与死球165は歴代最多。西武監督時代(95~2001年)に2度リーグ優勝。

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