ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られる、ジャーナリストでメディア・アクティビストの津田大介氏は、アメリカで行われている著名なミュージシャンらによるネットを使った選挙キャンペーンに着目し、その趣旨を解説する。

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 最終盤を迎えた米大統領選。3回のテレビ討論という山場を越え、共和党のトランプ候補と民主党のクリントン候補の争いも投票を残すのみとなった。

 そんな中、今月10日に始まった著名なミュージシャンらによるネットを使った選挙キャンペーンが話題を集めている。「30 Days, 30 Songs」と銘打ったプロジェクトは、来月8日の米大統領選挙の投票日まで、日替わりで30日間、「ある趣旨に賛同した」ミュージシャンの楽曲を公開していくというものだ。

 その趣旨とは一体何か。プロジェクトのトップページには、シンプルなキャッチフレーズが掲げられている。

“WRITTEN & RECORDED BY ARTISTS FOR A TRUMP-FREE AMERICA”

 トランプ・フリーな米国──つまり、トランプ候補が大統領にならない米国を望むミュージシャンたちによる「アンチトランプ」キャンペーンということだ。

 デス・キャブ・フォー・キューティー、エイミー・マン、R.E.M.、フランツ・フェルディナンド、ジム・ジェームスといった洋楽好きにはおなじみの錚々(そうそう)たるメンツが、このプロジェクトのために書き下ろした新曲や、未発表の音源を1日1曲ずつ公開している。

 歌詞も強烈なメッセージが多い。デス・キャブ・フォー・キューティーの『ミリオン・ダラー・ローン』は、昨年、ニューハンプシャー州の選挙集会での「父親から“わずか”100万ドルの融資を受けて事業を開始した」というトランプ候補の発言に批判が集まった件をモチーフにした、皮肉にあふれる曲だ。

 フランツ・フェルディナンドの『デマゴーグ』はさらに強烈。冒頭の歌詞から「ヤツはデマゴーグだ」と攻撃し、デマを拡散する人間の特徴を並べ立てることで、有権者に注意を呼びかけている。

 
 米大統領選で、ミュージシャンらがこのような大規模なキャンペーンに参加するのはこれが初めてではない。2004年の大統領選時には、民主党のジョン・ケリー候補を応援するキャンペーンがあり、人気アーティストたちがスウィングステートと呼ばれる激戦州でライブをした。08年や12年の大統領選では、オバマ大統領を支持するNasやJay‐Zといった大物黒人ラッパーらが支援ソングをネットで公開し、多くの若者にシェアされた。米国民にとって音楽と政治は、切り離せないほど近い距離にあるのだ。

 しかし、今回の「30 Days, 30 Songs」は特定の候補を支援するわけではなく、ネガティブキャンペーンだ。もしかしたら「トランプはもちろんイヤだが、クリントンを支援するのは躊躇(ちゅうちょ)する」というミュージシャンたちが多かったことで、このような形式になったのかもしれない。「嫌われ者同士の争い」の中から選ばなければいけない米国民の苦悩は、投票日を迎えるまで続きそうだ。

週刊朝日2016月11月4日号

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津田大介

津田大介

津田大介(つだ・だいすけ)/1973年生まれ。ジャーナリスト/メディア・アクティビスト。ウェブ上の政治メディア「ポリタス」編集長。ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られる。主な著書に『情報戦争を生き抜く』(朝日新書)

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