ミッツ・マングローブ「オバちゃんだけが生き残れるテレビと鈴木奈々」 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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ミッツ・マングローブ「オバちゃんだけが生き残れるテレビと鈴木奈々」

連載「アイドルを性せ!」

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ミッツ氏は「テレビというのは多かれ少なかれ、誰しもがオバちゃん化せざるを得ない世界」と指摘する (※写真はイメージ)

ミッツ氏は「テレビというのは多かれ少なかれ、誰しもがオバちゃん化せざるを得ない世界」と指摘する (※写真はイメージ)

 ドラァグクイーンとしてデビューし、テレビなどで活躍中のミッツ・マングローブさんの本誌連載「アイドルを性(さが)せ」。今回は、「鈴木奈々」を取り上げる。

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 先日、タクシーを降りる際、「テレビで観るよりずっと若いんですね」と、年配の運転手さんに言われました。オカマなんて年齢に限らず、あらゆる部分が不詳だらけではありますが、恐らくこの運転手さんの言うところの「若い」は、テレビでズケズケ偉そうな印象とは裏腹に、「意外とおとなしい」から来るものだったのでは? そう。若さとは「物怖じしておとなしい」こと。反対に、気の向くままに感情や欲望を剥き出しにする人を『赤ちゃん』もしくは『オバちゃん』と言います。

 テレビというのは多かれ少なかれ、誰しもがオバちゃん化せざるを得ない世界です。喜怒哀楽をはっきりと打ち出し、声や佇まいは大きく、明快端的な切り口で接する。テレビ仕事の王道はこれに尽きます。咀嚼したり、酔いしれたり、ポーカーフェイスを気取るとしても、大袈裟に大雑把に、そして派手で賑やかに見せるのがテレビの役割。そんなテレビ画面を渡り歩くタレント(作品の中に生きる役者やアーティスト、アスリートはまた別)というのは、漏れなくオバちゃんでなければならないのです。

 私の場合、そもそも女装自体が『オバちゃん化』を体現しているお陰で、さほど差はないと思われがちですが、例外ではありません。昔に比べてONとOFFが明確ですし、だからこそ「意外と若い」なんて言われるわけで。『いつの間にか喋りや物腰が柔軟になっている元スポーツ選手』や、『喜々としてクイズに答えるどこぞの教授や弁護士』など、テレビを生業と決めた者にとって、『オバちゃん化』は誇らしい『プロの証し』です。


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