西武ライオンズの元エースで監督経験もある東尾修氏は、今回の日本シリーズが引退を表明した広島・黒田博樹投手の「黒田シリーズ」といっても過言ではないという。

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 広島の黒田博樹が今季限りでの引退を表明した。10月18日。日本シリーズ開幕の22日の4日前というこの時期の表明に驚いた。報道を見ると、本人も発表には「チームに迷惑がかかる」と考えていたが、同僚の新井貴浩が公表することに背中を押したとあった。

 黒田ほどの実績、そして功績ならば私も賛成だ。ファンは雄姿を目に焼き付けることができる。そして、黒田が考えているような日本一へ向かうチームの心理的な面にも好影響を与えるだろう。「逆に硬くなるのでは」と考える方もいるだろうが、今季の広島は黒田の日米通算200勝、新井の2千安打を全員で達成させようという中でスタートした。「2人に恥をかかせられない」という意識もチームのモチベーションになったはずだ。だから、より一層、シリーズへ向けた集中力は高まると予想している。

 特に投手にはこれ以上のモチベーションはない。誰もが黒田の背中を見て、そして黒田のアドバイスをいま一度思い出すはずだ。相手を意識した重圧というよりも、黒田の教えを胸に、マウンドで力を発揮することだけを考えるだろう。

 それにしても、近年は日本でも米大リーグでも、「引退」を公表し、ファンに最後の生き様を見てもらおうという意識に変わってきた。ミスターヤンキースであったデレク・ジーター、長くレッドソックスで活躍したデービッド・オルティスは、シーズン前にラストイヤーであることを公言した。日本でも、DeNAの三浦大輔はレギュラーシーズンで球団が初めてCS進出を決めた直後に現役引退を表明。CSでは、チームもファンも「三浦さんと一日でも長く野球を」が合言葉となっていた。

 
 私の世代が現役を引退した1980~90年代は、まだ「辞める」イコール「クビ」や「戦力外」といった要素が強かった。私が現役引退を決めたのは88年の中日との日本シリーズ中だった。先発ローテーションから外れた私は第1戦(ナゴヤ球場)で、4−1で迎えた八回無死一、二塁、打者・彦野利勝の場面で先発の渡辺久信をリリーフ。当然、最後まで投げ切るつもりでマウンドに上がったが、当時の森祇晶監督の言葉は「この1人を抑えてくれ」だった。結局、九回まで投げ切ったが、その言葉は私の心に強く残った。その日の夜、知人に引退の意思を伝えたが、公表はすべてが終わってからだった。

 今でも一握りの選手かもしれないが、球団、仲間、そしてファンから「お疲れ様」といってもらえるのは野球人として最高の幸せものだ。球団の功労者に対する意識も変わったといえる。以前なら40歳近くなれば、必ずクビがちらついていたが、今では選手の現役続行への意思をくんでくれ、辞めどきもファンのことを考えてくれるようになった。

 話を戻すが、今回の日本シリーズは「黒田シリーズ」といっても過言ではない。相手は日本ハム。日本最速の165キロを出したスーパースター大谷翔平が相手にいる。広島にとっては84年以来、32年ぶりの日本一がかかる。こんなドラマ性を帯びた日本シリーズはそんなにない。そして、日本シリーズの主力先発投手として現役最後のマウンドに立てる投手も聞いたことがない。歴史的なシリーズになる。私も目に焼き付けたい。

週刊朝日  2016年11月4日号

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東尾修

東尾修

東尾修(ひがしお・おさむ)/1950年生まれ。69年に西鉄ライオンズに入団し、西武時代までライオンズのエースとして活躍。通算251勝247敗23セーブ。与死球165は歴代最多。西武監督時代(95~2001年)に2度リーグ優勝。

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