落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は、「説明責任」。

*  *  *

「何か言われたら、とりあえず『ハイ』と返事」

「絶対に言い訳はするな」

 噺家になってから師匠に言われたコトのいくつか。

 噺家は上下関係が厳しい。入門すると上の人から用を言いつけられたり、小言を言われたりの毎日。その時に「あの、それは……」などの言い訳は御法度。

 とにかく「はい!」か「申し訳ありませんっ!!」のどちらか。

「ペコペコしてないでなにか言いなさいっ!!」

 と怒る人もいるが、その気になってなんか言うと、

「つべこべ言うなっ!!」

 という結果になりがち。どうしろというのか?

 はじめは「なんて理不尽な」と思った。入門する前は「厳しい世界だ」「食えないぞ」とばかり言われたが、こんな社会だなんて具体的な説明は一切なし。入ってから理不尽さを理解していく。最初はしんどい。

 でもしばらくすると、これがお互いにとって楽なことに気づいていく。細かいコトはさておき、基本的にお互い思考停止でよいのだから、楽なのだ。

「察しろよ。俺はお前より上。偉いのだ」
「はい、さいでござんす!」

 だから口では謝っていても、腹の中では舌を出してることも多い。私はしょっちゅうだ。

 そんな調子なので、自分が怒る立場になると、「こいつは反省してるな」とか「この野郎、まるでこたえてないな」とか判別がつくようになる。

 反省してないヤツに限って、言い訳をさせると急に能弁になって、「実はですねーっ!!」とまくし立ててくる。だから、

「うるさい、お前の意見なぞどーでもいいっ!」

 と言いたくなるのだ。上の人の気持ちがよくわかった。

「自分が悪いんです!」とひたすらに平身低頭。これに限る。

 落語の登場人物たちも同様だ。貧乏長屋の住人は、滞った店賃を大家にとがめられても、

「頭を下げておきゃ、小言は上をツーッと通らぁ」

 とうそぶいてペコペコする。大家も一度怒ってそれっきり。

 
店子「大家さん、申し訳ありません! 店賃はちょいと待って頂けませんか? このとおり!(手をついて詫びる) ないものは払えないんですよ、勘弁してくださいな!」
大家「しょうがねぇ野郎だ! 今回だけだぞ!」

 てなかんじだ。その後、説明を求める大家はあまりいない。

大家「店賃を払えないことはわかったが、そのような状況に陥った経緯、反省点、現時点での状況打開策、支払期日、返済方法……など詳細に、こちらが納得いくように説明しなさい」

 面倒くさい大家だな。店子も、

「じゃ、この長屋の店賃はなぜ○円に設定されてるのか? 間取り、立地、アフターケアが○円に本当に見合ってるのか説明せよ。払うのはそれからだ!!」

 私が大家ならこんなヤツに絶対貸さないよ。“説明責任”なんてしゃらくさい。

「いやなら、よしゃぁがれっ!」で済んじゃう世界はいいなぁ。

「あなたの落語独演会の入場料は本当に見合った額なのか? その対価として満足度が足りない場合、今後どのような対応をして、あなた自身どのように身を処するか……」

 そんな団体に囲まれて問いつめられる夢みそうだわ。来なくていいです。そんな人たちなら。

週刊朝日  2016年10月28日号

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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