西武ライオンズの元エースで監督経験もある東尾修氏は、日本ハム大谷翔平投手の巻けない投球術に感服したという。そして、自身の日本シリーズを振り返り、広島市民球場が投手にとって投げにくい球場であることを指摘する。

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 慎重という言葉をどう捉えるか。「慎重=細心の注意」とだけ考えられるならば問題ない。だが、慎重が過ぎると、積極性や大胆さを欠くことにつながる。だからこそ「慎重」というものをコントロールすることは、投手でいえば本当に難しい。

 なぜ、こんなことを思ったかというと、12日のクライマックスシリーズ(CS)のファイナルステージ第1戦で日本ハム・大谷翔平が完璧にコントロールできていたからだ。22歳の若者がこの域に達しているのかと本当に驚いた。ソフトバンク相手に7回1安打無失点という数字以上に、相手につけいる隙をまったく与えなかった。

 立ち上がりの大谷の表情を見て、何て穏やかなのだろうかと思った。短期決戦で表情に緊張感がのぞくどころか、ゆとりがなきゃ、あの柔らかい表情は出せない。逆にソフトバンク先発の武田はこわばっているように見えた。この精神コントロールは並大抵じゃない。

 初回、大谷は1四球を与えるなど20球を要した。1イニング15球でいって、7回105球となる。そこから考えると少し球数を使っていたけど、それは、絶対に「事故」を起こさないための細心の注意を払っている投球だった。内外角に狙ったところに行っていたし、甘くならないという覚悟がのぞいていた。終わってみたら7回102球。キッチリと球数もマネジメントできていた。

 大谷ほどの球威であれば、シーズン中は序盤にどんどんストライクゾーンで勝負し、打者にファウルを打たせる。中盤以降は早打ちになりがちな打者心理を逆手にとってスライダーなど変化球の割合を増やす。結果、長い回を投げるという方程式が成り立つ。だが、ポストシーズンは違う。1球で勝敗は決する。絶対に先に点を与えないリスク回避を行い、五回に大量6点のリードをもらってから大胆になった。見るたびに驚きを与えてくれる。

 
 同日に行われたセのCSで広島先発ジョンソンにも同じことを感じた。初回に2四球を与えるなど25球を要しながら、105球の完封勝利。こちらも決して制球を乱したのではなく、コーナーを丁寧につく意識がのぞいていた。

 リーグ優勝した日本ハム、広島は、レギュラーシーズン終了後に10日前後は空いた。打者は特に実戦感覚の不安があったはずだ。そして、CSのファーストステージを突破した相手チームの勢いを考えると、初戦は先制点を与えて後手に回ることが一番良くない。大谷、ジョンソンともに、そんなチーム状況もしっかりと頭に入れていた。調子の良し悪しとかの次元で論じているものではないことは、読者のみなさんもわかってくれると思う。

 コラムを書いている時点では日本シリーズの進出チームは決まっていない。だが、大谷、ジョンソンの投げ合いを見たい。特に広島でね。ドーム球場に慣れた大谷が、屋外の広島でどんな投球をみせてくれるか。秋の広島は乾燥してボールが滑る。私は1986年の広島との日本シリーズで広島市民球場でフォークボールを使えなかった。もし、大谷が気候をも手の内に入れていたとしたら……。すでに、ダルビッシュ(レンジャーズ)や田中(ヤンキース)を超えた存在だと言っていいのかもしれない。

週刊朝日  2016年10月28日号

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東尾修

東尾修

東尾修(ひがしお・おさむ)/1950年生まれ。69年に西鉄ライオンズに入団し、西武時代までライオンズのエースとして活躍。通算251勝247敗23セーブ。与死球165は歴代最多。西武監督時代(95~2001年)に2度リーグ優勝。

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