ドラァグクイーンとしてデビューし、テレビなどで活躍中のミッツ・マングローブさんの本誌連載「アイドルを性(さが)せ」。今回は、「サザエさん」を取り上げる。

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久しぶりに「サザエさん」にチャンネルを合わせた日曜の夕刻。今さらながら、いろいろと気付きや確信がありました。そんな私なりの見立てを今週は。

 いつも通りにしか見えない磯野家の朝。「早く起きて。忙しいんだから」と、フネに言われ、カツオたちを起こしにいくサザエ。しかしカツオもワカメも二度寝してしまいます。その理由が「サザエの起こし方はテンションが高過ぎるから」という、驚愕の理不尽さ。さらに、みそ汁を味見しながら「ちょっと手が離せないから、お父さんのことも起こしてきて」と、サザエを翻弄するフネ。

 何が忙しいのかはさっぱり伝わりませんが、とにかくこの家に漂う理不尽の権化は、このおっとり女帝にあることを改めて痛感させる場面です。ちなみにサザエの声で起こされた波平は、「母さんに何かあったのか!?」と、尋常ではない驚きと動揺を見せます。

 娘の「起きて」に、妻の非常事態を連想するなんて、どれだけ妻に支配されているのか。さすがフネさん。日本女性の鑑(かがみ)です。一方、夫であるマスオは、サザエの呼びかけに飛び起きるも、「サザエがいなかったら寝過ごすとこだったよ」と、感謝を口にすることを忘れません。対して「妻のありがたみが分かるでしょ?」と、朝っぱらからマウンティングをかますサザエ。

 さて、お気付きの方もいると思いますが、磯野家には目覚まし時計で起きるシステムが存在しないのです。これは単なる封建的な風情というよりも、妻や母による調教もしくは洗脳と推測されます。もしかすると磯野家のオトココドモは、彼女たちに起こされない限り、延々と眠り続ける体になってしまっている可能性も否定できません。また、サザエに関しては「ふと深い眠りより目覚めた。なぜだろう。朝だからだ!」と、謎の独り言を念じながら起きるという、極めてスピリチュアルな姿が確認されています。しかし、それに対し「つべこべ言ってないで早く起きて!」とフネが窘(たしな)めるシーンも。

 
 そんな中、最も衝撃的だったのがタラちゃんです。サザエがマスオを起こす時も、その傍らで爆睡しており、一向に目覚める気配がありません。まだ幼稚園前と思われる年頃の子供が、朝になっても眠り続けているという事実。しかもテンションの高い母親の声に、家中が大騒ぎしているにもかかわらず……です。考えれば考えるほど怖くなってきます。「サザエ、タラちゃんの電源入れ忘れてないかい?」「あらやだ母さん。カツオの忘れ物届けてたらすっかり忘れていたわ」「でも今日はこのままの方が静かでいいかもしれないね」「そうね。父さんやマスオさんが帰ってくるまでは、オフっておきましょう」

 タラちゃんのアイドル性には、ずっと一目置いてきた私ですが、傍若無人かつ沈着冷静な振る舞いも、子供の成長過程としては明らかにおかし過ぎる「ですます口調」も、高いセルフプロデュース能力故ではなく、「操作」によるものだったのかもしれません。そうなるとイクラちゃんの不可解さにも合点がいきます。

 周囲の会話に対する理解力の高さに比べて、圧倒的に低い彼自身の語彙力。あの「はーいー」は言葉ではなく、プログラミングされた『音』ということになります。もちろんその初期設定を施したのは、他でもなくフネに違いありません。

今日もいい天気~♪

週刊朝日  2016年9月30日号

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ミッツ・マングローブ

ミッツ・マングローブ

ミッツ・マングローブ/1975年、横浜市生まれ。慶應義塾大学卒業後、英国留学を経て2000年にドラァグクイーンとしてデビュー。現在「スポーツ酒場~語り亭~」「5時に夢中!」などのテレビ番組に出演中。音楽ユニット「星屑スキャット」としても活動する

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