夫:僕らが知り合ったのは東京です。この人はちゃきちゃきの神田っ子ですから。前からおさらい会を通して知っていたんだけど、あなたが何かの折、三味線を届けてくれたのが、きっかけだったんじゃない? そのとき、「嫁に来る気ある?」って聞いたら、その日のうちに「はい」。

妻:あとはパッパと何秒かで決まったと思います。

夫:私の親父が難物で、何事も茶化すんです。長唄以外のことは子どもみたいな人でしてね。まあ、私が育てたようなもんです。そんな親父に横やり入れられたら大変だから急いだ(笑)。

妻:私の父は旧大蔵省御用達の印刷用銅版が専門の銅版屋でした。お札を印刷するだけありまして、それは堅い家でした。子どものころ「おうちのお仕事は?」と聞かれると、「大蔵省御用達」から言うようにと教えられておりました(笑)。ですから、何度も申し上げますが、ご縁としか言いようがありませんね。

――結婚は、1959年3月2日。皇居前ののちのパレスホテルで挙式。この結婚は、妻にとって思いもよらない世界をもたらした。

妻:お仲人をしてくださった長唄の二代目吉住小三蔵師匠から、結婚にあたって「犬飼となりて嬉しき雛の宵」という祝句をいただきまして、その日本語の美しさに感動したのですが、さらに犬飼家でお雛さまを見て驚いたのです。

 それは北白川宮家(旧皇族)から拝領の素晴らしい細工のお雛さまで、以来、私は見立雛の収集を始めるのです。もともと小さな玩具や細工物に興味があったのですけれど、趣味が本格化いたしました。

週刊朝日  2016年9月23日号より抜粋