甲子園準優勝の北海に根付いた“サムライ”の心得 (2/3) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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甲子園準優勝の北海に根付いた“サムライ”の心得

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準決勝で秀岳館に勝ち、校歌を歌い終わった後、大西主将(写真左から3番目奥)は三塁側の秀岳館ベンチに向かって一礼した (c)朝日新聞社

準決勝で秀岳館に勝ち、校歌を歌い終わった後、大西主将(写真左から3番目奥)は三塁側の秀岳館ベンチに向かって一礼した (c)朝日新聞社

 中井監督は続けた。

「一時的に勝った負けたということよりも、子どもたちがこの学校に来てよかったと思えることが大切。選手たちは大好きな野球で夢を見て育つんです。私は本気でやってます、と伝えました」

 背中を押されて北海道に戻った平川監督。08年夏に甲子園への切符を手に入れると、その後、春夏計4回の出場を果たした。

 今大会の準優勝について、「いつもどおりのプレーができたからこその結果だと思います。大事なときだけ力を発揮しようとしても無理ですから。普通のことを普通にするのって難しいと思うんです。練習や学校生活の中で、常に平常心を意識づけてきました」

 北海のプレーには、もうひとつ目を見張ることがある。たとえば緊迫した場面で、三振を奪ってピンチを脱しても、タイムリーヒットを打っても、ガッツポーズをしたり、雄たけびをあげたりすることはない。

 二塁手の菅野伸樹選手に聞いてみると、どうやら北海の“作法”には、責任教師の坪岡英明部長(47)の影響もあるようだ。

「ひとつのプレーに一喜一憂しないことが大事だと教わってきました。部長は、喜んだり悔しがったりしても、それはもう過去のことなので『先を見ろ』と言います」

 北海の部長に就いて10年目だが、グラウンドで指導するのが平川監督であれば、ミーティングを任されて心構えを説くのが坪岡部長だ。

 21日の決勝で作新学院に敗れた後、甲子園の控室で荷物を整理していた坪岡部長に尋ねてみた。坪岡部長は帽子を取り、「よろしくお願いします」と頭を下げた。柔和な表情を見せるが、かつては「おっかない」と評判だったという。

 過去には小樽水産の野球部の監督を務めていた。当時は、若さも手伝ってかなり厳しく接する場面が多かったらしい。だが、薄々気づいていた。

「上から目線で言っても、生徒は楽しくないはず」

 10年間指導にあたった後、留萌に異動し、剣道部の顧問となった。そこで学んだのが「礼節」だった。剣道は一本取った後に喜びのあまりガッツポーズをすると、その一本が取り消しとなる。敬うべき相手や審判への非礼な態度と見なされるからだ。


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