落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は、「祭りのあと」。

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 7月19日から海外公演へ、家族同行で行ってきた。8月4日に全員無事帰国。くたびれた。

 3カ国で7公演。字幕をスクリーンに映し、日本語で演じて現地の人に聴いてもらったのだが、日本人と同じところで、同じ間で笑ってくれる。落語は全世界に通じると再確認できた。

 でもすべる時はすべる。これも世界共通だ。ベルギー・ワーテルローでの公演。ナポレオンで有名な『ワーテルローの戦い』の舞台。大きい街ではないが、「ヤポン(日本)ノラクゴッチューモノヲキイテミタイ」と100人あまりのお客さまが集まってきた。

 結果。いやぁ、すべった。ホントにすべった。平成13年の入門以来、一番すべった。初高座のほうがウケたんじゃないか。

 終演後、現地の主催者が慰めてくれた。

「一之輔さん、ナポレオンでさえもここでは大敗したんです」

 ……あ、負けたのね、ナポレオン。

「ナポレオンはその後どうなりました?」

「島流しになって、不遇のうちに人生を終えましたよ(笑)」

 ……(笑)じゃねぇよ。

 ポーランド・ヴロツワフでの落語ワークショップには、日本に興味のある若者が8人集まった。嬉しいじゃないの。「落語家のように手拭いと扇子を使って、何かに見立ててみましょう」というコーナー。

 現地の女子高生が「ハイ!」と積極的に挙手。手拭いをハンドサイズに丸めて右手に握り、ふてくされた顔で「……ピ、……ピ、……ピ」と口ずさみながら手拭いを上下に、左手を左右に動かしているだけ。

「……何してんの?」

 と聞いても無視して、

「ピ、……ピーー……ん?……ちっ(舌打ち)……。15ズロチ(ポーランドの通貨)……ピ、ピ……はぁ(ため息)」

 レジ打ちの真似だった。『バーコードをうまく取り込めず、舌打ちをして、かったるそうに手作業で値段を押して、再びため息をつきながら最悪の愛想の無さでお客をさばき続けるスーパーの店員の真似』だそうだ。

 
 すでに手拭い、どうでもよくなってるし。彼女いわく「ポーランドの店員はみんなこんなかんじ」だそうだ。そんなコトなかったぞ。愛想のいい人もいたよ、笑顔は硬めだったけど。

 そんな彼女が、懇親会で目を輝かせて「落語って本当に面白いですねっ!!」とサインを求めにきた。「私も落語家になれますか?」という。いきなりだな。ポーランドの女子高生の落語家はまだいないので、

「やってやれないコトはない、頑張ってくださいっ!!」

「次、一之輔さんがヴロツワフに来るまでに日本語を完璧にマスターしておきます!!」

 こんな異国で弟子入り志願されるとは……。ともあれ、落語を喜んでくれて嬉しいかぎりだ。

 他方、同行した娘(6)はフィンランドのレストランで「ムーミンの肉が食べたいっ!!」とわめき、一騒動になりかけた。「ムーミンは指定保護動物だから!」と通訳さんが取り成してくれてことなきをえた。

 16日間の旅を終え、帰国した翌日。子供たちの「夏休みなんだからどこかつれてけ!」との要求に「『夏の殺意』ってこんなふうに芽生えるんだな」と思った。穏便に夏を乗り越えたい。

週刊朝日  2016年9月2日号

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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