一方、最近ではがんの薬物治療の進歩も目覚ましい。大腸がんの抗がん剤による一次治療は、細胞の増殖を阻止して死滅させる(殺細胞性)薬物であるフッ化ピリミジン系薬、オキサリプラチン、イリノテカンを単剤または2剤組み合わせ、そこに近年登場したがん細胞の増殖に関わる因子だけを狙い撃ちする分子標的薬を追加することで、治療効果が著しく向上した。

 2014年には、フッ化ピリミジン系薬+オキサリプラチン+イリノテカンの3剤(FOLFOXIRI)に分子標的薬(ベバシズマブ)を加えた治療法の有効性が報告され、新たに標準治療の一つとなった。分子標的薬には、がん細胞に栄養を送る血管の新生を抑制するベバシズマブやラムシルマブ、がん細胞の成長を抑制する抗EGFR抗体(セツキシマブ、パニツムマブ)などがある。

 静岡市在住の主婦・岡田豊子さん(仮名・62歳)は、夫と2人暮らし。旅行が大好きで明るい性格だが、14年6月に急に食欲が落ち、みぞおちが痛くなったため、近くの病院を受診した。

 検査すると貧血がひどく、大腸内視鏡検査で結腸にがんが見つかった。がんはすでに肝臓にも5カ所転移していた(病期IV)。結腸がんは、腹腔鏡下手術で切除したが、肝臓の転移巣は大きいうえに数が多くて切除不能だったため、抗がん剤治療をすすめられて県立静岡がんセンター消化器内科・山崎健太郎医師を紹介された。抗がん剤で小さくなれば肝臓の転移も手術できると言われていた岡田さんは、治療にとても前向きだった。

 最近では、患者のがん組織の遺伝子やたんぱく質、血液中の遺伝子を調べると、抗がん剤の効果や副作用などを予測できるようになってきている(バイオマーカー)。

 治療開始前の検査により岡田さんは、細胞増殖に関わるたんぱく質の一つであるRASの遺伝子に変異があるため、抗EGFR抗体の効果が期待できないことがわかった。そのほか、イリノテカンの代謝に関連するUGT1A1遺伝子には異常がないためイリノテカンの副作用リスクが高くないことも判明していた。

 山崎医師は、岡田さんがもともと持病もなく元気であることも考慮し、この状況で最も効果が期待できるFOLFOXIRI+ベバシズマブによる治療を提案した。

 治療開始2週間後、副作用による血液中の好中球減少がみられたため、投与量を減量して治療を継続した。4週後に脱毛が起きたが、山崎医師のアドバイスで院内の美容室に相談し、かつらを用意していたので、変わらず活動的な日常生活を送ることができた。

 2カ月後、がんが縮小し、3カ月半後に手術可能と診断された。その後、岡田さんは無事肝臓の転移を手術ですべて切除することができた。現在は経過観察中で、ご主人との旅行を楽しんでいる。

週刊朝日 2016年9月2日号より抜粋