参院選挙で自民・公明など「改憲勢力」が大勝してまもなく、NHKによって「天皇に生前退位の意向」が報じられた。ジャーナリストの田原総一朗氏が語るこのタイミングが意味することとは?

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 今回も天皇の「お気持ち」表明について記したい。

 まず「象徴」という表現だが、イギリスやオランダなど多くの国の王は「元首」だ。そして「象徴」がシンボルであるのに対して、「元首」はヘッド・オブ・ステーツである。

「象徴」は、国民統合を表してはいるが、天皇に国民統合を期待しているのではない。

 それにしても、日本は世界の中で特殊な国である。たとえば源頼朝にしても織田信長にしても、天下をとったとき、他の国ならば当然、国のトップになるはずなのに、天皇を上に置いて征夷大将軍などの権力を天皇から受ける形をとっている。豊臣秀吉も徳川家康も同様で、本当は何の力もない天皇をわざわざトップに置いている。

 こうした場合の天皇は、あきらかにヘッド・オブ・ステーツではない。ヘッド・オブ・ステーツは織田信長や徳川家康であり、天皇はむしろシンボルと呼ぶのがふさわしいのではないか。

 その意味で、明治天皇から昭和天皇の前半(敗戦以前)は別として、日本の天皇は実は象徴的存在だったのではないか。そして、だからこそ、明治より前は天皇の「生前退位」が少なからず行われていたのではないだろうか。

 前回も記したが、特に保守・右派系の言論人の中には、天皇が「生前退位」を表明することは、「国政に関する権能を有しない」という、憲法第4条に違反するという意見の持ち主が多い。そのために、天皇はわざわざお気持ちを表明する際に「私が個人として、これまでに考えて来たことを話したいと思います」と、断っているのである。

 天皇は「日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごして来ました」と語った。沖縄やサイパン、パラオやフィリピンなどの激戦地を無理に無理を重ねて訪ねては犠牲者を慰霊し、二度とあのような戦争を行ってはならないと行動で示してきた。また、ことあるごとに平和憲法を守るという強い姿勢を見せてきた。憲法第4条違反にならないよう、ぎりぎりの言動を続けているわけだ。そして、それは右派の政治家や学者たちにとっては、いささかならず違和感があるはずだ。

 
 安倍首相はかねて憲法改正を強く表明しており、7月10日の参院選挙で自民・公明などのいわゆる「改憲勢力」は3分の2以上の議席を獲得した。衆院ではすでに3分の2以上の議席を有していたため、これでいよいよ憲法改正を発議する条件が整ったことになる。

 だが、なんとその3日後の7月13日のNHKのニュースが「天皇に生前退位の意向がある」と報じたのである。この時点で、8月8日の「お気持ち」の表明の段取りは整っていたはずである。

 政権担当者は、強い困惑を覚えたのではないか。「お気持ち」の表明があれば、当然ながら「生前退位」のための段取りに入らねばならない。有識者会議を開くとか、国会の審議をどうするか、とか。もしも皇室典範の改正ということになれば、1年以上かかるという見方が多い。

 となると、憲法改正の審議は大幅に遅れることになる。安倍氏が首相でいる間に審議に入るのは無理になるかもしれない。このタイミングの悪さ、というか良さというか、いったい何ととらえればいいのか。

週刊朝日  2016年9月2日号

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田原総一朗

田原総一朗

田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年、滋賀県生まれ。60年、早稲田大学卒業後、岩波映画製作所に入社。64年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年にフリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。98年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。早稲田大学特命教授を歴任する(2017年3月まで)。 現在、「大隈塾」塾頭を務める。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数

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