落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は、「ヤバい」。

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 ここのところ、私は知らず知らずのうちに「やっばいなぁ~」と口からこぼしまくっている。かなり追いつめられてます。

 実は先月19日から8月4日まで、ヨーロッパ公演に行ってきた。落語の公演だ。

 だが、この原稿を書いている現在は7月18日。正確にはまだ出発していない。明日11時の便で成田からヘルシンキへ向かう。だから、ここではほぼひと月前のことを記していることになる。

 ただいま18日朝10時。出発前日だというのに今日は仙台での独演会。なんで前日に仕事を入れるのだろう? 少しはモノを考えろ、と自分に言いたい。

 仙台へ向かう新幹線のなかで、原稿を書いている。海外公演を控え、この連載を前倒しで3本書かねばならない。前回はリオ五輪が始まってもないのに「金メダル」について書いた。この「ヤバい」原稿が最後の課題。

 16日間の長期海外公演が明日から、なのにまだ、なーーーんにも旅支度をしていない。スーツケースすら、納戸から引っ張り出してもいない。今晩20時には東京に帰るのでそれから支度にとりかかろうか……気が重いな。それより、今日の仙台の独演会のネタはどうするのだ。

 今回の海外公演は「夏休みの旅行を兼ねちまえ」ということで家族同行だ。当然、家族分の旅費は自腹。ヨーロッパは遠い、滞在16日間、5人家族。見積もりを見たらビックリするほどの大赤字だ。大散財じゃないか……。

 今朝、長男(11)と次男(8)が些細なことで大喧嘩していた。それを見て、

「あんたたちを連れていくと日本の恥だっ!! 二人はキャンセルっ!! 留守番してなっ!!」

 カミサンが激怒。……いや、キャンセルはめんどくさいんだけどな……。金も無駄になるし……。どうか思い直して頂きたい。寛大な措置を。謝っちゃえ、お前たち。とりあえず、

「お父さんは仙台へ行ってきます。みんな仲良くするように」

 と言い残して出てきた。これからカミサンと子ども3人は成田空港近くのホテルへ前のりする予定。私は独演会を終え、いったん帰宅。明朝、独り成田へ向かい家族と合流する。

 
 明日は平日じゃないか。電車に乗る時間帯はラッシュアワーだな。デカいスーツケース持って、どうしよう……いい迷惑だな。またまた気が重い。

 ここのところ知人からの『いってらっしゃいメール』が頻繁に届く。曰く、

「ヨーロッパはテロ大丈夫でしょうか? 気をつけて!」

 などなど。どう気をつけたらよいのか、思案してしまう。行かないのが一番よいのだが、そうはいくまい。なかには、

「ヨーロッパ、ヤバいっすね!」

 とだけの後輩からのメール。喜んでんじゃないか?

「またお会い出来ますよーに(笑)」

 だと……。ふざけやがって。

「人の集まるところには行かないほうがよいですよ」というアドバイスも頂いたが、落語をやりにいくので、誰もいないところでやるわけにはいかない。

 まもなく仙台に着く。私のはいてるジーパンがどうも生乾きで異臭を放っているようだ。隣のお姉さんが鼻をひくつかせている。いま、海外よりそのコトが気になりつつある。やっばいなぁ……。(編集部注・筆者は8月4日に無事帰国しました)

週刊朝日  2016年8月26日号

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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