ドラァグクイーンとしてデビューし、テレビなどで活躍中のミッツ・マングローブさんの本誌新連載「アイドルを性(さが)せ」。今回は、木村拓哉さんを取り上げる。
※この記事は週刊朝日2016年8月12日号(8月2日発売)に掲載されたものです

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「なんだかんだ言ってもキムタク」。私世代のほとんどは、そんな絶対的価値観を抱きながら、20代、30代を生きてきました。

 そしてそれは多かれ少なかれ、あらゆる世代の日本人にとってもそうだったはず。顔が大きいだ、演技がワンパターンだ、歌が武田鉄矢みたいだと揶揄されようと、「それでもキムタクはかっこいい」というのが総意であり、現にそれらのすべてをキムタクは、かっこよく収めてきたわけです。イチローよりも遥かに難しいヒット数を、実に20年以上もの間、積み重ねてきた木村拓哉という男。そんな彼に非常事態が起こっています。皆さんはもうご覧になったでしょうか? タマホームの最新CMを。

 どこか異国のレストラン。フォーマルな出で立ちのキムタクが、ひとりテーブルへ通されると、ピアニストや客たち(西洋人)が「あ、キムタクだ」的なリアクションをします。そんな中、店長らしき男から「あの歌を歌って頂けませんか?」と不躾なお願いをされ、渋りながらもステージに上がり、グランドピアノにもたれるキムタク。「あの歌」とは、もちろん「ハッピーライフ・ハッピーホーム・タマホーム」です。ジャズ風かと思いきや、歌い出した途端、音楽教室のような4拍子になるという衝撃も何のその。高らかに歌い上げるキムタクに、客席の女性たちは、これ見よがしにうっとりしてみせます。そして得意のしゃくりとフェイクを余すことなく魅せつけ、大歓声を浴びるキムタク。これ、いったいどこをどこまで笑っていいのか……。歌に対する彼の自意識は、今に始まったものではないのでアレですが、とりあえずキムタクの「かっこいい」は、万能でも永遠でもないことが証明されてしまったのは間違いないようです。それにしても、なんでまたこの時期にこれを? 自虐を逆手に取った、誰かの悪意すら感じます。

 
 しかしこれでより一層、SMAPは解散してはならないと確信できました。SMAPによって塗り替えられてきた芸能の常識や歴史に対するケリが、まだ付いていません。アイドルグループが40歳を過ぎても、同じスタンスと人気の下で成立していること。アイドルがアイドルグループに属したまま、ベテラン俳優や大物司会者になること。アイドルの楽曲が教科書に載ること。私たち世間は、それらの「矛盾」を現在進行形のまま受け止めています。果たしてこれがどこまで続くのか、もしくはどこかで終わるのか、いずれにしても、「最後」を決めるのは世間です。SMAPに限っては、その行く末を世間に見届けさせるまで、勝手に止めてはいけない責務があるのです。メンバーそれぞれに関しても、全員が独自の成功を収めるに至った最大根拠である「SMAPの~」という看板を背負い続けてこそ、彼らが成し得た前代未聞の凄さが実証されるのではないでしょうか?

 さて、そんなタイミングでいよいよ「万能ではない木村拓哉を内包するSMAP」という、ある意味とても楽しみなステージに突入しました。SMAPが築き上げた時代と心中するつもりでいますので、どこまで彼らをアイドル視できるか、私にとっても戦いです。ひとりならまだしも、5人ですから。まずは「かっこよくないキムタク」にもキャーキャーできる自信を培うべく、あのCMをエンドレスで再生しようと思います。

週刊朝日  2016年8月12日号

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ミッツ・マングローブ

ミッツ・マングローブ

ミッツ・マングローブ/1975年、横浜市生まれ。慶應義塾大学卒業後、英国留学を経て2000年にドラァグクイーンとしてデビュー。現在「スポーツ酒場~語り亭~」「5時に夢中!」などのテレビ番組に出演中。音楽ユニット「星屑スキャット」としても活動する

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