歌舞伎はもちろん、ドラマや映画でも引っ張りだこの中村獅童さん。林真理子さんとの対談で、学生時代の思い出や、亡くなった母親について語った。
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林:中高はどちらに通われていたんですか?
獅童:僕は小中高と明星学園なんです。無着成恭(むちゃく・せいきょう)先生がいらしたころで、みんなで畑を耕したりしてのびのびとした校風でした。祖母は本当は暁星(ぎょうせい)に行かせたかったんです。勘三郎お兄さんはじめ、僕が子どものころは歌舞伎役者が行く学校は暁星だったので。でも僕、入学試験で「こっちからこっちまで走ってください」って言われて、一人だけ逆に走ったんです。当然落ちました(笑)。
林:そのころからみんなと同じことをするのがいやだったんですね。
獅童:歌舞伎役者がいっぱい通っている学校に、行きたくなかったんだと思うんです。なんか変な子だったみたいで。
林:でも、親が呼び出されるようなことはしなかったんでしょう?
獅童:いや、しょっちゅう呼び出されてました。遅刻は多い、勉強はしない、人の話は聞かない。目立ちたいから先生にちょっかい出してたし、本当にいやな子どもだったと思います。
林:お母さまはなんとおっしゃってたんですか。
獅童:そこらへんの竹をのこぎりで切って先生に渡して、「これで引っぱたいてください」って(笑)。
林:すごい。肝が据わってますね。