「党の農林関係の部会ではあまり顔を見かけたことがない。農政についての手腕は未知数だ」

 そもそも安倍内閣では、農水相は“鬼門”だ。

 2015年2月には、当時の農水相だった西川氏が、自身の政党支部が国の補助金を受けた企業などから献金を受けていたことが問題視され、辞任に追い込まれた。過去には、第1次安倍内閣で農水相を務めた松岡利勝氏が、不透明な事務所費などで追及され、07年5月に自殺。後任の赤城徳彦氏も同じく事務所費の不正経理疑惑などで追及を受けた。さらに、疑惑の渦中に突如として顔に白の巨大なガーゼとばんそうこうを貼った姿で記者会見に登場し、「何でもない」と強弁して国民に不信感を抱かせた。

 そんな“鬼門”に入り込んだ山本新農水相には、早くも試練が待ち受けている。

 臨時国会ではTPPの国会承認や関連法案など、注目される農政関連の審議が目白押し。さらに、農協幹部から「現場無視」と批判される安倍政権の農政改革は、農家からの評判がめっぽう悪い。

 その結果、今年7月の参院選では、自民党は東北地方で秋田県をのぞいて1勝5敗と惨敗。新潟や長野、山梨といった東日本有数の農業地帯で議席を失った。

 一方、勢いを増す野党の農林議員は、こう息巻く。

「政府は、TPPで国民に隠している情報がまだある。徹底的に追及する」

 すでに、日米間の「密約」をうかがわせる情報も明らかになっている。米国の政府機関である国際貿易委員会(ITC)は、TPPに関する報告書で、日米間には「文書化されていない約束」があると記述。日本政府は約束の存在を否定しているが、この報告書は米議会に提出されているものだ。

 それでも政府・自民党は、衆参ともに圧倒的な議席数を背景に、強行突破も辞さない構えだ。農水副大臣には、昨年9月の安保法成立に、首相補佐官として安倍首相の懐刀となった礒崎陽輔氏を任命した。

「大統領選を目前に控えた米国ではTPP反対の声が盛り上がっていて、今年中の承認は難しいかもしれない。そうなると、新しい大統領は、日本に再交渉を求めてくるだろう。そうならないためにも、日本は次の国会で先にTPPを承認して、米国に対して再交渉しない姿勢を示したほうがいい」(別の自民党議員)

 国の根幹である「食」をめぐって対立する政治家たち。混迷する農政に、農水官僚の一人はこう嘆いた。

「もう、農水大臣になりたいという政治家はいないのかもしれませんね……」

週刊朝日 2016年8月19日号