追悼大橋巨泉さん 長女が語る最後の3カ月 (3/3) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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追悼大橋巨泉さん 長女が語る最後の3カ月

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「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン」はかけがえのない曲に…(※イメージ)

「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン」はかけがえのない曲に…(※イメージ)

 美加さんと次女チカさんは、56年に結婚した前妻のジャズシンガー、マーサ三宅さんとの間に生まれた。64年に巨泉さんとマーサさんが離婚したとき、美加さんはまだ5歳。定期的に会ってはいたが、共に過ごした時間は長くはなかった。

 巨泉さんはまるで2人の娘への罪滅ぼしのように、孫たちをかわいがった。俳句もたしなんだ巨泉さんの俳人としての才は、美加さんの長男に受け継がれているという。現在、長男は句会を開催している。

「いい祖父となってくれた姿を見て、やっぱり私の父なんだなと思えました」(美加さん)

 放射線治療のため味覚を失い、何を食べても「ティッシュペーパーを噛んでいるみたいだ」とこぼしていたという巨泉さん。

 見舞いの際、美加さんが夫の大谷忠司さんと登場した本誌「平成夫婦善哉」(4月29日号)を見せると、笑顔を見せたという。

「亡くなるまでの3カ月間が、一番触れ合えた時間だった」と、美加さんは話す。

「義母から『マッサージしてあげて』と言われ、父の足をさすってあげたら痩せ細っていて哀しかった。でも、そんなことしたことなどなかったので、うれしくもあったのです」

 最期は、最愛の妻・寿々子さんと弟夫妻に看取られ、巨泉さんは旅立っていった。享年82。

 美加さんはジャズのディナーショーで、巨泉さんとステージに立ったことがある。13年10月のことだ。

「父の生まれた墨田区で、私が講師をしているジャズ教室のオーナーが主催しました。前半は私のコンサート、後半は下町の文化をテーマにした父のトークショーという構成でした」

 巨泉さんはそのとき、1曲だけ歌を披露した。スタンダードナンバー、「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン(私を月に連れて行って)」。

 美加さんの、かけがえのない曲になった。(本誌・亀井洋志、松岡かすみ、太田サトル/岸本貞司)

週刊朝日 2016年8月5日号


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