職場の人と飲んでも、話題は仕事のことばかり。暮らすエリアがまちまちで、プライベートの共通な話題を持ちにくい。果ては終電を気にしつつ慌てて解散、となりがちです。しかし、都心で職と住、食と住が近接すると、オンとオフの境目があいまいになる。仕事の話だけだった会社の同僚と、家の近所のおすすめの店について話せる。

 私はかつて沖縄で暮らしましたが、電車がないので「終電だからお開き」といった節目がない。平気で朝まで飲みましたよ(笑)。

速水:『東京どこに住む?』執筆のきっかけのひとつは、山手線の内側や東京の東側の住宅街に、気のきいた飲食店が増えたことです。ワインや小皿料理を中心にした家庭的な居酒屋(バル)が、2011年ごろから繁華街だけでなく住宅街の路地にも増えました。

 チェーン店でなく老舗の個人店が数多くあり、若い人の始めたバルやカフェも路地に混在する。そんな土地に魅力を感じ、新しい都心の生活スタイルを実践する人が増えました。彼らはステータスで都心を選んではいません。大きな繁華街に出向くよりも日常の生活圏の自分好みの店で楽しむ。地元の感覚に根付いた暮らし方のできる地を求め、住む場所を選んでいるんです。

池田:確かに、都心における新しい動きでしょう。一方で、ライフスタイルとしてはむしろ古くからある形のようにも思います。地方では、地元に根付いた暮らしが当たり前でした。地方と同様に東京にもかつて、地域に根差した職住近接、食住近接のコミュニティーがあちこちにありました。

 東京の西側のエリアは、住宅地に特化して人工的に整備された街や団地型の開発が進められた街が多い。街の懐が浅いところがあり、自然発生的な街場の飲食店コミュニティーが生まれにくいのかもしれません。

速水:今風の職住近接の動きもあります。例えば、IT企業はアイデア産業なので、働く人は家に仕事を持ち帰ったり、生活の延長線上で仕事をしたりする。近くの駅の住宅にしか、補助を出さない会社もある。このため、IT企業の多い港区や渋谷区などでは新たな職住近接が起きています。

池田:東京の東側には、製造業中心に職住近接の生活スタイルが発展した地域があります。例えば、タカラトミーに代表される玩具の一大生産地の葛飾区。また、墨田区は資生堂、ライオン、花王などにゆかりの石鹸の街です。東京の東側は、地場産業的、職人的な生活文化の残る街が多い。速水さんの本を読み、若い人はそうした生活文化の魅力を再発見したのかと感じました。

速水:利便性で都心に回帰したら、古い文化と出会って新鮮で面白い、という一面があるのかも。

池田:私は東京23区研究所所長で、23区すべてがお客様。ただ、好きな街を個人的に一つ選べと言われたら(笑)、葛飾区です。都市の力を見る大きなポイントは商店街。葛飾区は商店街が非常に強く、玩具などの地場産業も明確です。

速水:私は自著で都心居住を勧めており、一つ選べと言われたら、日本橋・人形町界隈ですね。

 飲食店などの食が豊富なエリアで、東京駅からもタクシーで1メーターの距離。それでいて住む場所としてはまだ割安なほうだと思っています。昔ながらの個人商店もあります。

週刊朝日  2016年7月22日号より抜粋