ミッツ・マングローブ「アモーレは戦後ニッポンの哀しみ」 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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ミッツ・マングローブ「アモーレは戦後ニッポンの哀しみ」

連載「アイドルを性せ!」

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アモーレ!(※イメージ)

アモーレ!(※イメージ)

 ドラァグクイーンとしてデビューし、テレビなどで活躍中のミッツ・マングローブさんの本誌新連載「アイドルを性(さが)せ」。今回は、「アモーレ」を取り上げる。

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 何も人間だけがアイドルなわけではありません。犬だってアザラシだって、時にはトカゲだってアイドルになりますし、いわゆる流行語なんてのも、存在としてはアイドルそのものです。それにしても、「アモーレ」なんて言葉が旬になってしまう日本は、つくづくいじらしい国だなと痛感する今日この頃。人生何が起こるか分かりません。長友選手の放ったアモーレシュートも、さして絶妙だったとは言えない気がしますが、この「アモーレ」と日本人の間にあった長く険しい歴史を思うと、余りの呆気なさに……。

 60年代後半、ヒデとロザンナの大ヒット曲「愛の奇跡」の曲中で、ロザンナ先生が高らかに叫んだ本場イタリアの「アモーレ~!」が、最初の伝来と言われています。愛情表現が比較的地味な日本人にとって、本能のままに求め合うイタリア人のパッションは、どこか笑ってしまうと同時に羨ましいものだったのかもしれません。しかし、恥ずかしがり屋の日本人は、とりあえず「アモーレ」をギャグフレーズとして収めました。堀内孝雄の「サンキュー!」や「チェケラッチョ!」と同類です。

 やがて80年代になり、中森明菜の「ミ・アモーレ」(曲の舞台はブラジルのリオ)がレコード大賞を獲ったことで、アモーレは完全なる市民権を得ますが、もはやどこの国のどんな意味の言葉であるかも見失い、さらなる謎を深める結果に。そして平成の世になっても、ユーミンが「さよならずっとアモーレアモーレ」と、その使い道を煙に巻き、そのまま今に至る。これが日本人とアモーレの煮え切らない50年です。


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