ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られるジャーナリストでメディア・アクティビストの津田大介氏は、「紙」メディアこそ情報の検証に力を注ぐべきだという。

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 最近の「紙」メディアは「ウェブ」から情報を仕入れ、現場取材なしで書かれた記事が増えている。それを可能にしたのがツイッターをはじめとしたソーシャルメディアの存在だ。マスメディアは何か世間をにぎわす大きな事件が起きると、識者から問題を分析するコメントを取って記事を仕上げるが、常にタイムリーな識者コメントが掲載されるわけではない。識者の時間的な都合や、連絡先がわからないなどの理由で、望んだ識者からコメントが取れないことも多いからだ。

 しかし、最近はツイッターやブログをチェックすれば識者のコメントが見つかるようになった。それらは公開の場で書かれた情報のため、紙メディアやテレビは「引用」という形でそれを処理できる。結果、本人に確認がないまま、ネットのコメントがニュース記事や番組に入れられるようになった。

 もっとも、コメントを勝手に使われる識者の中には、このやり方を快く思わない人も多い。なぜならツイッターやブログに書いたコメントは、メディアから依頼を受けて出したコメントではないため、他人が書いた記事の中に入れられると文脈がずれてしまうことがあるからだ。ツイッターは140文字しか書けないため、複雑な事象を説明するには足りない。

 そんな中、「本人がツイッターやブログで書いたことがそのまま掲載されるならまだマシ」と言えるような事例が起きた。ネットの話題を記事にした産経新聞が情報確認を取らずにウェブ版に掲載してしまったのだ。

 
 問題の記事は6月16日の夕方、ウェブ版にアップされた「TBS番組『街の声』の20代女性が被災地リポートしたピースボートスタッフに酷似していた?! 『さくらじゃないか』との声続出」というもの。15日の舛添都知事の辞任発表を受けて東京都内でTBSの街頭インタビューに応じた女性が、熊本地震で現地リポートをしたピースボート災害ボランティアセンターのスタッフと似ており、TBS側が都合のよい意見を街の声として言わせる“やらせ”を行ったのでは、とネット上で話題になった。これを産経新聞はセンターに取材せずに報じたのだ。

 しかし、似ているとされた女性はインタビュー時、本で支援活動をしていた。センターから抗議を受けた産経新聞は謝罪してすぐに記事を削除。代わりにセンターの抗議文と回答書を掲載した。

 ツイッターやブログのコメントを識者本人に確認を取らず記事として掲載するのも、ネットのデマを信じて拡散するという報道機関としてやってはいけないミスをするのも、「他社に先駆けてできるだけ早く記事を量産したい」「楽をしたい」という気持ちが裏側にあるのではないか。信頼性に乏しい情報であっても扇情的な情報であれば大量に拡散してしまう今だからこそ、「紙」メディアはプライドを持って情報の検証に力を注いでほしい。それがネットと差別化するための唯一の策なのだから。

週刊朝日 2016年7月8日号

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津田大介

津田大介

津田大介(つだ・だいすけ)/1973年生まれ。ジャーナリスト/メディア・アクティビスト。ウェブ上の政治メディア「ポリタス」編集長。ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られる。主な著書に『情報戦争を生き抜く』(朝日新書)

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