全身不随で人工呼吸器をつけるか、つけずに生きるのをあきらめるか。後者を選ぶ患者が7割です。病気の過酷さもありますが、家族の介護負担や経済的負担を憂慮するためです。

 ALS患者は人工呼吸器のため、コミュニケーションに苦労します。私は主に口文字で会話しますが、この方法を習得するには、患者、ヘルパーともたいへんな努力が必要で、会話が成り立つまで1年、普通に会話ができるまで2年かかりました。口文字がわかるヘルパーはとても少なく、患者の多くは「文字盤(※2)」などで会話をしています。

――時には口文字でジョークを飛ばし、周囲を笑わせる岡部さん。が、そんな高度なコミュニケーションがとれる患者は多くない。

 私自身、入院中にリハビリを受けることができず、肘が拘縮(こうしゅく・関節が固まって動かない状態)してしまいました。(慣れているヘルパーが付き添えず)コミュニケーションに時間がかかるため、忙しそうにしている医療者に希望を伝えられなかったのです。

 それでも日本はALS患者からしたら恵まれた国です。医療保険制度で人工呼吸器を給付されるのは、日本とオランダ、台湾ぐらいです。多くのALS患者が人工呼吸器をつけてでも生活できる社会になってほしい。難しいことかもしれませんが、そういう社会はしなやかで強い。“境を超える”ことが大事なのです。

※1 介護者が患者の「あ・い・う・え・お」の口の形を読み取り、その段を例えば「あ」なら「あ・か・さ・た・な……」と読み上げて、患者が瞬きした文字をつなぐ。

※2 50音が書かれた透明な文字盤上の文字を患者が目で追い、介護者は反対側から視線の先の文字を拾う。

週刊朝日  2016年7月1日号