田原総一朗「命とりとなった舛添都知事の『誰にも負けない自信』」 (2/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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田原総一朗「命とりとなった舛添都知事の『誰にも負けない自信』」

連載「ギロン堂」

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「舛添氏は自民党に裏切られた、と怒っていることだろう」(※イメージ)

「舛添氏は自民党に裏切られた、と怒っていることだろう」(※イメージ)

 そんな時期であった。舛添氏は突如自民党を飛び出してしまった。そして新党をつくった。私はこの出来事を、舛添氏が自らの能力に自信がありすぎたための軽率な行動だったと考える。自民党を飛び出した舛添氏には、戦略らしきものはなく、結局、挫折せざるを得なかった。そんな舛添氏に対し、彼が捨てた自民党が、猪瀬直樹氏の突然の辞職で次の都知事候補に困って泣きついてきたのである。自信にあふれる舛添氏は、いささかのためらいもなく、当然のように受けた。そして当選した。

 今回の事件についても、舛添氏は終始自信に満ちていた。舛添氏は、今回のような公私混同は、自民党の少なからぬ議員がやっており、しかも政治資金規正法には違反していないととらえていて、都議たちとの論争、そしてマスメディアの追及にも負けないという自信を持っていた。自民党も、そんな舛添氏を信頼して守るつもりでいたのだが、舛添流の正論が都民、国民には言い逃れの弁解としか聞こえず、何より参院選に深刻な影響が出るとわかって、首相まで登場させて舛添氏を切り捨てたのである。

 舛添氏は自民党に裏切られた、と怒っていることだろう。それにしても、自民党は次なる候補者を探すのに苦労するのではないか。

週刊朝日 2016年7月1日号


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田原総一朗

田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年、滋賀県生まれ。60年、早稲田大学卒業後、岩波映画製作所に入社。64年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年にフリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。98年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。早稲田大学特命教授を歴任する(2017年3月まで)。 現在、「大隈塾」塾頭を務める。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数

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