ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られる、ジャーナリストでメディア・アクティビストの津田大介氏。ネット時代の新聞社の在り方について言及する。

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 新聞業界が苦境にあえいでいる。数年前まで公称発行部数1千万部を突破していた読売新聞の最新販売部数は899万8789部(2016年4月、日本ABC協会調べ)と、900万部を割り込んだ。最盛期は800万部を超えていた朝日新聞も660万6562部まで落ち込んでいる。

 欧米諸国でも新聞離れは年々加速する一方だ。最大の要因は言うまでもないだろう。ネットやスマホが普及したことで、人々が電子媒体と比べて利便性が低く高価な紙媒体を必要としなくなったことにある。

 ネットの普及は「取材力」という意味においても新聞社の体力を奪っている。かつて新聞は朝刊と夕刊、2回の締め切りに間に合うようにスケジュールが組まれており、記者もそれを目標に記事を仕上げればよかった。だが、現在は最新の情報が入ってきたら、すぐにネットに速報記事をアップしなければならない。つまり、記者は「紙」用の記事と、ウェブだけに掲載される「速報」記事の両方を担当しなければならなくなったのだ。そのため、1人当たりの仕事量が増え、日々の仕事に追われることで、時間をかけて問題をあぶり出す「調査報道」がやりにくくなっている。

 米国の新聞社の状況はより深刻だ。あるリポートによれば、ブログやソーシャルメディアが本格普及した06年から10年の5年間で、米国の新聞記者の数は25%減ったそうだ。収入減の影響で経費を節減する。その結果、取材力が落ちて魅力的な記事が減り、読者からそっぽを向かれ、部数が落ちる──世界中の新聞社はそんな悪いスパイラルに陥り、苦境を脱せずにいる。

 
 そんな中、注目したいのは米国の3大紙の取り組みだ。アマゾン社のジェフ・ベゾスCEOに買収されたワシントン・ポストは買収以来ネット記事を大幅に増加。現在1日1200本の記事をコンスタントに投入する物量作戦に出ている。ネット上での存在感を高めることで、広告収入を確保するという戦略だ。

 ロサンゼルス・タイムズは多くの新聞社が経費節減を進めるのと逆行するように、今年3月、新興国を中心に七つの海外支局の開設を決めた。娯楽に強い都市にパイプをつくることで、新たな広告主を開拓する狙いがあるという。

 ニューヨーク・タイムズはデジタル化を進める(既に同紙は紙の部数をデジタル版購読者のほうが上回っている)一方で、同紙のブランド力を生かし、質の高い教育や旅行、飲食事業などに進出することで生き残りを懸けている。

 3大紙が目指している方向や手法はすべて異なる。しかし、今後の新聞の未来を考えるうえではどれも注目に値する取り組みだ。米国の大手新聞社はプライドを捨て、ベンチャー企業のような精神で勝負に出ている。翻って日本の新聞社はどうだろうか。まだ体力のあるうちに米国の新聞社のような試行錯誤ができるかどうかに日本の新聞社の未来はかかっている。

週刊朝日  2016年6月17日号

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津田大介

津田大介

津田大介(つだ・だいすけ)/1973年生まれ。ジャーナリスト/メディア・アクティビスト。ウェブ上の政治メディア「ポリタス」編集長。ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られる。主な著書に『情報戦争を生き抜く』(朝日新書)

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