技術の進歩により、人々の働き方も変わりつつある現在。ジャーナリストの田原総一朗氏は「規制の多い日本は対応できないのでは」と、危惧する。

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 政府は5月18日、「ニッポン一億総活躍プラン」なるものを発表した。現在約500兆円である国内総生産(GDP)を2020年ごろに600兆円に増やすというのだ。

 そのため、例えばインターネット・オブ・シングス(IoT)やビッグデータ、人工知能(AI)、ロボットなど第4次産業革命と総称される分野で20年までに30兆円の付加価値を創出することになっている。日本が勝てる可能性があると見られている健康医療、製造現場、自動走行などリアルな世界に絡むデータ分野で勝負をかけるというのだ。

 だが、目標の達成は決して容易ではない。例えば少し前まではゲームコンテンツの世界、具体的にいえばファミコンの任天堂やプレイステーションのソニー、Xboxのマイクロソフトなどはわが世の春を謳歌していた。おおいに稼いでいた。

 だが、情報端末や検索エンジンなどのプラットフォームをアップルやグーグルに握られ、「小作人化」(経済産業省の資料から)させられてしまっているのである。

 日本が強いとされている自動走行の分野でも、近い将来、自動車は無人運転になると見られている。つまりタクシーやトラックが運転手なしで走行することになるわけだ。

 
 そして、自動車とは無縁のはずのグーグルが、現在自動運転のソフト開発に懸命になっている。実は日本の自動車業界はこのことを憂慮していて、トヨタなどはシリコンバレーにソフト開発の研究所を立ち上げている。グーグルが自動運転のソフト開発に成功すると、下手をすると日本の自動車メーカーが、グーグルによって「小作人化」させられてしまう危険性があるのだ。

 経産省の資料によると、産業、雇用の縦割りを温存し、許認可や申請、報告などの規制をそのままにしておくと、30年度までになんと735万人もの従業者が減少する、つまり職がなくなることになる。

 自動車、通信機器、産業機械などの顧客対応型製造部門で214万人、卸小売り、金融などの役務・技術提供型のサービス部門で283万人の雇用が減少する。省人化、無人化された工場が当たり前になれば、製造にかかわる仕事は一段と減り、AIの普及によって経理、人事管理などの典型的な事務職は激減する。

 世界銀行が発行するビジネスのしやすさを示すランキング「ドゥーイング・ビジネス(企業活動環境)」によれば、13年には先進国中で15位だった日本の順位が、16年には24位にまで低下した。これに対し政府は20年までに総合順位を先進国で3位以内に高めるのだと表明している。

 労働市場の柔軟化や、産業の再編、そして思い切った規制緩和などを実施すれば、経産省の試算では30年度までの従業者の減少数は161万人にとどまり、日本は少子化によって労働力の供給は減少するのだから、全体として働く場が失われるという現象は起きないということになっている。

 だが、実は「ニッポン一億総活躍プラン」は、肝心の規制緩和が曖昧なのである。

 経済財政諮問会議の民間議員たちは、行政手続きコストの2割削減という数値目標を掲げたのだが、霞が関の事務方の強い抵抗に遭って、数値目標は示されないままになってしまったのである。これでは「ビジネスのしやすさ」3位以内はとても不可能なのではないか。

週刊朝日 2016年6月10日号

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田原総一朗

田原総一朗

田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年、滋賀県生まれ。60年、早稲田大学卒業後、岩波映画製作所に入社。64年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年にフリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。98年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。早稲田大学特命教授を歴任する(2017年3月まで)。 現在、「大隈塾」塾頭を務める。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数

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