「商社ではいろいろな物を売り込んだのでしゃべるのは得意でした。だからセリフを言うのも簡単だろうと……。しかしそんな甘いものではなかった。演技は自分をさらけ出し、恥をかかなければうまくならない。自分の全てを出し切って、公演が終わったときの満足感は何物にも代えがたい。こんな深い趣味には初めて出会いました」(ヒコさん)

 かんじゅく座の稽古は週2回。公演が近づくと稽古場はいっそう熱を帯びる。

「セリフにも動きにも必ず目的があるの。意味のないものはないから、ぼんやり演じてちゃダメ!」

 鯨さんの「ダメ出し」にも力が入る。

「未経験者でも声を出し、動きやセリフのやり取りをしていると、次第に声は大きく、動きは活発になって、表情も豊かになってくるんです」と鯨さん。

 近年、かんじゅく座のようなシニア劇団の活動が全国で活発になり、裾野が広がっている。11年には、鯨さんが発起人・理事長を務め、北海道から宮崎まで15劇団が参加する「シニア演劇ネットワーク」が発足。15年6月には「第3回全国シニア演劇大会」が仙台で開かれ、延べ約2600人の観客を動員した。すでに17年、福岡での開催が決まっている。

 島根県浜田市の「石見国くにびき18座」も参加劇団のひとつだ。10年に、高齢者大学校の同級生が集まって創設した。劇団員は69歳から88歳のシニア15人。地域の演劇ネットワークにも参加しながら、年に1回の公演を打っている。かんじゅく座と異なるのは、脚本・演出を、まったく演劇経験のない、主宰者である金田サダ子さん(70)が手掛けている点だ。金田さんは話す。

「素人ばかりでたいへんですが、全員が力を合わせて一つの舞台をつくり上げていくのは、ほかに代えがたい楽しさです」

週刊朝日  2016年6月3日号より抜粋