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 瀬戸内寂聴氏の掌(てのひら)小説集「求愛」を読んだ作家の嵐山光三郎氏は、怖くて読み出すと止まらない作品だと評する。

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 瀬戸内寂聴さんは大病からよみがえり、数え年九十五歳になり、掌小説集『求愛』(集英社)を刊行した。2013年から雑誌「すばる」に連載し、手術入院のため9カ月休載して、2016年3月号に完成した執念の労作です。掌小説とは短篇よりさらに短い小説で、それが30篇ある。

 怖いですよ。

 読み出すと止まらない。

 凄いのなんの、一篇を読み終わると冷や汗がだらーりと出ます。二篇を読むと親指を握りしめて汗がぼたぼたと流れ、あ、この話のモデルはアノヒトだ、と知人の顔が思い浮かぶ。三篇読むと、とんでもない女だと腹がたち、汗びっしょり。それもそのはず、その話のモデルはあなた自身だからです。このへんでやめておけばいいのに第四篇を読むと、男も女も身に覚えがある話に震えがきて、さーっと血の気がひき、怖いもの見たさで第五篇に突入すると、全身が汗でずぶぬれとなり、頭がひんやりとして覚醒する。

 瀬戸内さんは、京都の寂庵や三十三間堂での法話、岩手県天台寺の「あおぞら説法」やその本で、悩める人々に「言葉のオクスリ」を処方している。お釈迦様が2600年前に、青空の下で説法したのと同じスタイルである。いまや、生き様となって、瀬戸内さんの話を聞いて自殺をやめた人も多い。

 瀬戸内さんは、小説家に戻ると、魔神が乗り移って、ダブル不倫、官能地獄、売春婦の倦怠、プレイボーイ夫の末期、交通事故死のヘルス嬢、妻に捨てられた夫、夫を買った女をズケズケと書く。手を抜かない。

 小説家の瀬戸内さんと宗教者としての寂聴尼がせめぎあうところに、生命の火花がスパークする。

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