磯田:だから受験は苦労しました。僕が知っていることと、受験で問われることに齟齬があるわけですから。最初は京都府立大学に入ったんです。京都に行けば古墳や史跡が見られると思って。入学後、速水融という慶応義塾大学の先生が、数量経済史という歴史学をやっていることを知ったんです。江戸時代の乳幼児の死亡率とか、平均寿命とか、女性の平均結婚年齢の地域ごとの比較とか、そういった数字を出す研究です。これはおもしろいと思いまして。この国の歴史学は思想ばかりを追いすぎている、普通の民衆の生活の数字を見る歴史学を学びたいと思って、大学の単位を取りつつ、歴史の本を読みつつ、再び受験勉強をして慶応大学に移ったんです。

林:すごいです。

磯田:苦労しましたよ。僕、大学に入ったときには先生と同じぐらい古文書が読めましたけど、そんなのは受験じゃ問われないですからね(笑)。

林:慶応に入ってすぐ、図書館で勉強しすぎて倒れちゃったんでしょう?

磯田:恥ずかしながら。京都府立大はいい先生はいたんですが、図書館が小さかった。ところが慶応の図書館には膨大な本があるんです。とりあえず歴史の本は全部読もうと思って食事もせずにこもっていたら、5月に館内で倒れまして。係の人に抱えられて、救急車で近所の病院に運ばれました。

林:今は24時間開館してる大学図書館もありますから、そうしたら大変なことになってましたね(笑)。

磯田:ねえ(笑)。とにかく好奇心が強いものですから。あのころはテーマを決めて本を読んでたんですよ。たとえば当時は湾岸戦争がありましたから、「戦争に勝つ法則は存在するか」とか。何冊も読んである程度見えてきたら、今度は「各国の軍隊はどのような戦い方を指示されているか」とか。慶応の図書館はすごいです。アメリカ陸軍の戦闘、人民解放軍、スイスの民間防衛……、全部マニュアルがあるんです。これを集めて横に並べて比較すると、各国の戦争に対する考え方がわかるわけですよ。

週刊朝日 2016年5月20日号より抜粋