国債が膨らむばかりの日本。歳出削減は大きな課題だが、“伝説のディーラー”と呼ばれた藤巻健史氏は、意識が薄いと指摘する。

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「お父さんは、金融イチバで働いているの?」と、小学生だったけんたに聞かれたことがある。「お父さんの世界ではシジョウと読むのだよ」と教えたが、子供の受験雑誌には「八百屋や魚屋では、お客はただ買うだけですが(イチバ)、金融市場(シジョウ)に参加する人は、買い手になるだけでなく売り手にもなって、取引を行います」とあった。とすると、いつもドルを「買え」としか言わない私は、けんたの言ったように「金融イチバ」で働いていたのかもしれない。

 別の受験雑誌には「金融とは、借りたお金を“約束どおり”に返すこと。もし返す必要がなければ、金融でなくなります」とあった。債務不履行が続いた時代だったので「日本には金融業がなくなりつつあるのか?」と嘆いたものだ。

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 金融では、約束どおりに物事を進めることが大切なはずだ。なのに日本では約束事がひっくり返されることが多い。これでは金融後進国だ。マイナス金利政策が発動されてから、長期金利が低下し10年債の利回りは一時、マイナス0.135%をつけた。それに伴い「固定金利型住宅ローンの低金利への借り換え」が起きていると聞く。「借り換え促進キャンペーン」広告も散見される。

 しかし金融理論上、これはおかしい。固定金利の途中解約は(金利が下がっている場合)借り主がかなりの違約金を払わなければならないはずで、経済学的には「借り換えても借り換えなくてもほぼ同じ」のはずだ。逆に言えば「借り換えても借り換えなくてもほぼ同じ」になるように違約金の額が決まるのが理屈なのだ。

 ただ聞いてみると、事業性の資金の場合は「繰り上げ償還」に理論どおりの違約金を請求するが、住宅ローンの場合は、違約金を請求しないケースがままあるとのこと。違約金を請求しない理由の一つは、契約書に「解約の際に違約金が発生する」ことを明示していない銀行があるからとのこと。本当なら信じがたい話で、プロとして貸し手の知識欠如は甚だしい。

 
 もう一つの理由は、住宅ローンの借り手は金融の素人で、ごねられてしまうからとのこと。しかし、これもどうかと思う。公序良俗に反せず、かつ理論的にも妥当な契約をした以上、それに則るのが契約社会の常識であり、公正でもある。

 3月28日の予算委員会で財務省に以下を聞いてみた。平成10年12月以前に発行された国債が5.9兆円(平均残存期間1年6カ月、加重平均利回り3.0%)残存している。これらには発行条件に「繰り上げ償還をすることがある」と明記されているのだから(それ以降の発行にはこの条件が削除された)、繰り上げ償還をして、0%もしくはマイナス金利で再調達すればどうですか?と問うたのだ。

 実行すれば3千億円近くの歳出削減だ。もっと早くからやっていれば、兆円単位の節約だった。そもそも「繰り上げ償還をすることがある」という条件は、発行者に有利な条件だから、その補填として、この条件がない時より高い金利を払っていたはずである。それなのに「繰り上げ償還」をできる時にやらないとはなにごとだ?

 財務省の回答は、平成10年頃、「償還しない」と1度宣言してしまったからだそうだ。民間企業だったら株主訴訟モノである。なのに国の株主総会に相当する国会が当時、騒いだ記録はない。財務省も国会も歳出カットへの意識が薄い。

週刊朝日 2016年5月20日号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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