“伝説のディーラー”と呼ばれた藤巻健史氏は、政府が企業経営者にベースアップを要請していることに違和感があるとし、政府の本当の役目は、日本を円安にすることだと主張する。

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 モルガン銀行時代の部下ヒサムネ君たちと飲んだ。ヒサムネ君いわく、「入社試験のとき、まずは面接官としてシュさんが出てきたんですよ。ワー、外資には、ものすごい秀才がいるんだなと、びびりましたね。その後、最終面接官として支店長の藤巻さんが出てきたんですよ。さすが戦略重視の外資だと思いましたね。『学生が怖がって逃げちゃいけないから最後はゆるーいムードで締めるんだな』と思ったんです。ところが戦略でもなんでもなかったんですね。入社しても支店長室内の藤巻さん、そのままでしたよ。ところが、ディーリングルームに入ったとたんに形相が変わるんですね。私、この人、二重人格かと思いましたよ」

 確かに私は場所が違うと人格が違うのかもしれない。しかし人格は変わっても主張だけは、どこでも、いつでも全く変わらない。日本には円安が必要だ!!

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 中小零細企業の実質賃金が上がらないと、野党は政府を攻め立てている。また最低賃金法に基づき国が決める賃金の最低限度を引き上げろと強く求めている野党もある。政府は企業経営者にベースアップを要請する。しかし、なにかピントがずれている。

 賃金も他のモノの値段と同様、需給で決まるはずだ。そこにピントを合わせなければならない。日本人に対する需要が増えれば賃金は上がり、減れば下がるのが道理だ。グローバル化が進んでいる現在、日本人の労働者とお金の分捕り合戦をしているのは資本家ではなく他国の労働者だ。

 
 日本企業の経営者にとって月給1千ドルの外国人労働者は、1ドル=200円の時は20万円かかるが、1ドル=100円と円高になれば10万円で雇える。工場は海外に出ていき、国内は空洞化が進む。当然、日本人工場労働者への需要は減る。商店街はシャッター通りとなるからサービス産業への労働需要も大幅減だ。労働需要が減ればどんなに組合活動をしても供給過多なのだから賃金は上がりっこない。

 だから政府の役目は円安にして外国人の給料を相対的に高くすることだ。そうすれば日本人労働者の需要は増えて賃金は上がる。一度、外国に出た日本企業は海外で大きな投資をしているから「多少の円安では日本に戻ってこない」という人がいる。別に日本企業に戻ってもらわなくともアジアや欧米企業が日本に進出してくればいい。

 日本の名前がついてはいても、外国に進出し外国人を雇っている日本企業は、外国人へ給料を払っている。投資のお金は外国に落とすし、所得税、法人税、固定資産税は外国政府に払われている。

 そういう企業より、日本人を大量に雇ってくれる外国企業のほうが、日本人にも(税金を払ってくれるから)日本政府にも良い企業だ。円安にしてそういう企業を国内に呼び込むのだ。

 あと難しいとは思うが、「解雇の金銭解決導入」というドイツのシュレーダー氏が行った改革を推し進める政治家が現れれば完璧だ。(これでドイツは再生したと言われているが、あまりに不人気な痛みを伴う政策で、ドイツ社会民主党<SPD>は総選挙で敗れ、シュレーダー首相は降板した)

 円安と相まって世界の企業家は日本に競って進出し、人材確保に躍起になる。日本人の賃金はうなぎのぼりのはずだ。

週刊朝日  2016年5月6-13日号より抜粋

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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