本県内の合志市から移住しました。春は桜がきれいで、なだらかで広い丘を散歩できる。これ以上ないというくらいの大自然です。住民も自然好きの人ばかりで話が合うし、子育てにもとてもいい環境だった。近所で何人も知った方が亡くなり、胸が詰まります」

 一方、高野台地区のすぐ近くには、1990年代後半から大手不動産会社が分譲を始めた住宅地がある。黄色やオレンジの塗装が施された瀟洒(しょうしゃ)な一軒家が数十軒連なり、さしずめ「高級別荘地」といった趣だ。

 ただ、地区に足を踏み入れると、記者はその惨状に言葉を失った。道路のあちこちに亀裂が走り、50センチほどの高低差がある巨大な地割れが地区を真っ二つに貫いている。崖沿いの土地は谷底に向かって激しく傾斜し、今にも転落しそうな家もあった。

 地元で不動産会社を営む50代の男性がこう語る。

「あの別荘地は昔は田んぼだったのを埋め立てたもの。見晴らしを良くするため、かさ上げして造成した所もあり、地盤が弱い。1区画約100~200坪で、値段は1千万円前後。そこに建物を3千万~5千万円くらいかけて建てた人が多い」

 庭に地割れが走った50代の教員の男性がこう語る。

「建物自体の被害はともかく、土地がこんなに傾いてメチャクチャになってしまったら、もう住めない。敷地内に温泉も湧いて、最高の条件だったんですが……。この地区は定住者と別荘にしている人が半々くらい。定住者はリタイア後に移り住んだ夫婦が多い。国から補償を受けられるのかどうか。連日、住民が集まって会合しているところです」

 崖沿いの土地に住む67歳の男性は、11年の東日本大震災の後、茨城県つくば市からここに移住してきたという。途方に暮れた様子でこう語った。

「3.11で大地震が怖くなった。『地震がないところに行きたい』と思って、ここを4年前に中古で購入し、夫婦で移住してきたんです。標高が高くて夏は涼しいし、これからの季節は花がいっぱい咲いて最高の土地だった。まさか、こんなことになるなんて……」

 男性の家の菜園には色鮮やかな花が咲き誇っていた。しかし、地割れだらけの土地は傾斜し、住宅を囲う白いフェンスがはるか下の谷底に転落しているのが見えた。

 楽園のはずだった「終の住み家」。その多くが、一夜にして失われてしまった。(本誌・小泉耕平/今西憲之)

週刊朝日 2016年5月6-13日号