いや、専門家だよ。初等教育しか受けていなくても、成功した人はたくさんいる。(貧しい家に育った)私も初等教育しか受けていないが、自分で身につけた。だれにでも、何もおそれることなく、質問したね。ジャン・コクトーみたいな大物にだってね。今でも学ぶべきことが、たくさんある。毎晩ベッドで読書し、毎夕、歌詞を覚える。ポケットには今、英訳された歌詞が2曲入っている。米州や英国のツアーに備えるためだ。

──日本では、映画の主題歌としてエルヴィス・コステロが歌った「She(シー)」の人気が高い。

 もともとはドラマの主題歌として書いた。だが、いささかタイトルが長すぎた。翻訳者がエッセンスをくみとって短くした。それをもとにフランス語版にあらためて手を入れた。三つのバージョンがある珍しい例だね。豪州で、飛行機の乗り継ぎをしようとしたら、体の大きな男が寄ってきて、ヒットの祝いにビールをふるまってくれた。予期せぬヒットだった。

──早くから同性愛など社会的なテーマも採り上げました。

 タブーはない。映画や彫刻で認められることが、なぜ歌ではだめなのか。歌を通じ、自分が自由であることを示している。

──そんな空気を体現するパリのカフェやコンサートホールが昨秋、テロの標的になりました。立ち上がろうと呼びかける記事に、あなたの名もありました。

 知らないね。そんなことを言ったかもしれないが、記者に話したことはない。だれかが名前を使ったんだろう。でも、立ち上がる市民にはインスピレーションを得た。世に問うてはいないが、2曲書いたよ。

──9年ぶりの日本ツアーは、東日本大震災から5年を数える年にあたる。震災が起きた当時、立ち上がろうとする人たちを支えるコンサートに加わりましたね。アルメニアも1988年に大地震に見舞われています。コンサートで日本に何を伝えたいですか。

 日本人に向けての特別なメッセージはありません。苦難を乗り越えようとする人は、自ら乗り越える。語りすぎてはいけない。ハッピーに幕を閉じる歌をたくさんつくってきた。歌を聞いて、前向きな気持ちになってもらえればいい。

──引退しないと公言してきました。前回の日本公演のタイトルは「ありがとう、さよなら」、今回は「最後の日本ツアー」。日本のファンには見納め、聞き納めになるのでしょうか。

 ノン。シャンター(歌手)はマンター(うそつき)で、プロデューサーはその2倍もうそつきなのさ。

週刊朝日 2016年4月8日号より抜粋