終盤、近松は、実はお初と徳兵衛の心中は偽装であり、二人は越前で幸せに暮らしていることを知る。死んだと思って書いた「曽根崎心中」。それがすべて「嘘になる」と悩む近松。すると、聞こえてくる万吉(その正体は、近松が幼い頃、浄瑠璃ごっこ遊びをしていた人形?)の声。「嘘とほんまの境目が一番おもろいんやおまへんか。それを上手に物語にすんのがあんたの仕事でっしゃろ?」。これぞ、すべての脚本家が、机の前に貼りたくなるセリフ。近松は、自ら「あさましい腐れ物書き」としての、覚悟と誇りを持つ。

 ふとよみがえる記憶。十数年前、家のFAXから、カタカタと吐き出された一枚の紙。大きな筆文字で一言、「腐れ外道!」と書かれていた。差出人は○ガジンハウスの編集さん。白目になって「ど、どういう意味ですか?」と、電話をしたら、「あ、ごめん! ○リー・フランキーさんちと間違えて送っちゃった」だと。え~、アドレス帳の「カ」と「リ」の欄、遠くね? 今でもあれは、確信犯的に送られて来たんじゃないかと、ドキドキする。浄瑠璃小屋の人、ちかえもんには「腐れ物書き!」ってFAX送らないであげてね。

週刊朝日 2016年3月25日号