落語家の春風亭一之輔さんは、花粉症の影響でツライ思いをしているという。

*  *  *

 ほどよく花粉症だ。

 以前、病院でアレルゲンチェックをしたところ、スギ花粉は5段階評価で3。ハウスダストは5。いつも鼻がつまり気味なので、この季節だから特別ということでもないが、やはり普段の3割増しで鼻水が溢れてくる。

 鼻水というヤツは一体なんなのか?

 とにかく、かんでもかんでも出てきて、人の集中力を削いで、何かにつけて邪魔な厄介者だ。クシャミであれば、軽いイベント感覚で許せないことはないが、鼻水はじわじわ断続的にくるからタチが悪い。

 また、あいつはポケットティッシュの持ち合わせがないときによく出るのだ。

 とりあえず、すする。また出る。すする。出る。汚いなと思いつつ、さりげなく、指先で拭う。また余計に出る。手鼻をかむほど私は肝が据わってない。

 どうしようもなくなって、近くのコンビニでポケットティッシュを買う。かむ。調子に乗って余計出る。

 洟をかむのが面倒になる。マスクも買う。ティッシュペーパーを二つにさいて、鼻栓を作り両鼻に詰め、マスクをする。

 だいたい鼻水のひどい日は、世間様にわからないよう鼻に栓をして表に出る私。一度喫茶店で不用意にマスクを外してしまい、鼻から2本の牙を生やしている私を見たウェイトレスが、

「!?……鼻血ですか?」

 と聞いてきた。私は冷静に、

「いや、鼻水です」

 と答える。恥ずかしい感情も鼻水と一緒に流れ出てしまって、こちらも落ち着いたものだ。

 
 寝るときもよく鼻栓をする。なぜか寝ているときは鼻水が止まるらしく、朝になるとカラカラに乾いた2本の残骸が枕元に転がっている。だが、布団にまぎれて行方不明になることもしばしばで、後日家内が見つけて、

「汚いわねぇ!! ちゃんと始末してよっ!!」

 と怒られる。みんな鼻水のせいだ。

 床屋で髪を切っているときに、ツーッと垂れる。すする。床屋さんが、

「洟かみますか?」

 と察して紙を差し出してくれる。チーンとかんだ紙をしまおうとすると、

「かまいませんよ。床に捨ててください」

 と言ってくれるが、実に申し訳ない。

 調子に乗ってまた垂れる。かむ。捨てる。かむ。捨てる……。いっこうに頭のほうが進まず床屋さんはちょっとやきもきするし、床は紙くずだらけだ。

 絶対に出会うはずのなかった私の頭髪と鼻水が、床屋のフロアで出会っている。みんな鼻水のせいだ。

 落語の最中も容赦なく出る。ズルズルすすりながら話しているからお客さんも「気の毒に……」という目で見るではないか。気の毒なヤツの話を聴いても、人はあんまり笑わない。春先、私の落語がウケが悪いのもみんな鼻水のせいだ。

 鼻水ってなんなんだ。いや、別に医学的な情報が知りたいわけではない。ただ、「なんなんだよ、お前は!?」と言いたい。

 こないだなんか本屋で雑誌を立ち読みしてたら、そこに垂れた。申し訳ない気がして、欲しくもない『月刊相撲』買っちゃったじゃないか。みんな鼻水のせいだ。

週刊朝日 2016年3月25日号

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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