田原総一朗「事故から5年後の原発で触れた現場作業員の『心』」 (2/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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田原総一朗「事故から5年後の原発で触れた現場作業員の『心』」

連載「ギロン堂」

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福島第1原子力発電所の事故発生から5年…

福島第1原子力発電所の事故発生から5年…

 現在、福島第一原発では、東電社員以外の人々が7千人以上働いている。ほとんどが、いわゆる単純作業で、それも事故処理という夢の持てない仕事だ。だが、これは予想外だったが、2次下請け、3次下請けのどの作業員も、自分たちの仕事に誇りを持ち、前向きに取り組んでいるのである。

 何人もの作業員と話をした。誰もが作業の重要性を認識していた。東電の現場社員たちが、彼らと日常的に話し合い、作業の重要性を懸命に説いていることがよくわかった。

 事故処理自体は、まだまだめどがついていない。汚染水を処理しても、放射性物質のトリチウムを除去しない限りは海に放水できず、貯蔵タンクは増えるばかりである。アメリカやイギリスではトリチウムを除去しないまま海に放水しているのだが、福島では地元の漁協の承認を得られていない。

 さらに問題なのは、廃炉作業を始める前に、原子炉の中の燃料デブリを取り出さなければならないことだ。燃料デブリが原子炉のどこでどんな状態になっているのか、まったく見当がついていないのだ。そのことを確かめるためには、原子炉の中に入って燃料デブリを確かめるロボットが必要なのだが、その開発のめどが、まだ立っていないのだ。

 事故処理の見当はついていないのだが、現場の東電社員たちは、誰もが真剣、というより必死だった。

 東電社員は福島に何人駐在しているのかと聞いた。常時1800人だという答えが返ってきた。のべ人数では、5年間で東電の全社員が1人5~6回、福島に駐在した計算になる。住民たちを足しげく回って、怒りや不満などを時間をかけて聞いているということだ。事故から5年が経ち、「東電は許せないが、君らは信用できる」と言われるようにもなってきた、ということである。

週刊朝日  2016年3月18日号


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田原総一朗

田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年、滋賀県生まれ。60年、早稲田大学卒業後、岩波映画製作所に入社。64年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年にフリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。98年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。早稲田大学特命教授を歴任する(2017年3月まで)。 現在、「大隈塾」塾頭を務める。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数

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