夏の参院選が近づき、憲法改正について安倍晋三首相の発言が目立ち始めた。ジャーナリストの田原総一朗氏は、憲法を改正した場合の問題点をこう指摘する。

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 今年の7月には参院選が行われることになっている。それと同日に、あるいは前後に衆院選も行われる可能性が高いようだ。

 そして安倍晋三首相は、選挙の目的を、政権与党で議席の3分の2以上を獲得して憲法改正をすることだと、繰り返し強調している。

 朝日新聞の調査で、憲法学者の6割以上が自衛隊が憲法違反との疑いを持っている。だから憲法9条の2項を改正すべきだというのが安倍首相の主張である。

 なお、自民党は2012年に憲法改正草案をつくっている。それによれば9条2項で「内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する」と明記していて、現憲法にある「国の交戦権は、これを認めない」という箇所は削除されている。当然、交戦権もあり、現憲法では認められていない「戦力のある軍隊」となるのであろう。現憲法では「平和国家」であることがうたい文句だが、それは事実上消えることになるのだろうか。

 さらに、安倍首相は「緊急事態条項」を新設するのに熱心なようだ。

 12年の「改正草案」には、第98条として「内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる」となっている。そして、「国会の承認」は「事前又は事後」とあり、必ずしも「事前」に国会の承認を得なくてもよいわけだ。

 次いで第99条で、次のように定めている。「緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない」

 つまり、緊急事態が宣言されると、内閣総理大臣が全権を握ることになるわけだ。国会の承認もなく内閣総理大臣が全権を握るというのは、民主主義の見地からとらえて危険性があるのではないか。総理大臣が誤った独走をしないための何らかの歯止めが必要ではないのか。

 
 そこで、ドイツの憲法を調べてみた。ドイツの憲法にも「緊急事態条項」が定められていた。それによれば、「緊急事態の確定は、連邦政府の申し立てに基づき、連邦議会が連邦参議院の同意を得て行い、連邦大統領によって公布される」となっているが、「連邦議会が議決不能な時は、合同委員会が行う」とある。そして「合同委員会」は、3分の2(32人)が連邦議会議員、3分の1(16人)が連邦参議院議員から構成されているのだという。

 つまり、連邦大統領の独走に歯止めをかけるために、ドイツの場合は両院議員による合同委員会が設けられているわけだ。自民党の草案には、こうした歯止めは見当たらない。

 だが、それ以前に、わざわざ憲法で緊急事態条項を新設する必要があるのだろうか。

 憲法とは、外敵や国家権力から国民を守るために設けられているのである。ところが、緊急事態条項とは、いわば国民の自由を縛るための条項である。これは憲法の趣旨に反するのではないのか。だから、緊急事態条項が必要ならば、きちんと歯止めをかけて、憲法ではなく法案を提起すべきである。

週刊朝日  2016年3月4日号

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田原総一朗

田原総一朗

田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年、滋賀県生まれ。60年、早稲田大学卒業後、岩波映画製作所に入社。64年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年にフリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。98年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。早稲田大学特命教授を歴任する(2017年3月まで)。 現在、「大隈塾」塾頭を務める。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数

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