落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」で、自転車の空気入れの値段は高いのか安いのかを考察。最終的に出した結論とは……。

*  *  *

「はい、50円ですっ!」

 自転車のタイヤの空気が抜け気味だったので、近くのサイクルショップに空気入れを借りにいくと、店のお兄さんが愛想よく応えた。

「……有料か」

 ちょっと戸惑いながらも50円支払う。空気入れはノズルをタイヤの口に差し込むと自動で空気が噴き出す、アレだ。

 プシューッと、勢いよく空気を注ぎ込むのは気持ちいい。が、勢いが良すぎてあっという間にタイヤはパンパンにふくれる。パンクするんじゃないかと怖いくらいのスピードだ。でもあっけなくて、ちょい物足りない。

 5歳の娘がそばで、

「わたしにもやらせてー!」

 とせがむが、すでにパンパンで空気を入れる余地はない。

「もう終わり! 今度ね!」

「ちぇー」

 帰り道、果たして50円という値段は適正かどうか考えた。

 田舎を出て約20年、私は『空気入れ』というものを購入したことがない。さほど自転車に乗らないこともあり、20年間で空気を入れたのは、多く見積もっても30回くらいか? だから30回×50円=1500円……。今、通販サイトを覗いたら一番人気の空気入れは2680円だった。

 
 ボールに空気を入れることはまずないし、浮輪をふくらませるなら、真っ赤な顔してくわえるほうが風情がある。やっぱり買わなくてもいいな。1回50円はお手頃価格かもしれない。

 ひと月後、次男の自転車もタイヤが甘くなってきた。空気が抜けた状態を「甘い」って言いますかね? 我が家だけかな。

 今度は、昔ながらの商店街にある自転車屋に空気入れを借りにいった。偏屈そうなゴマ塩頭のお爺さんが自転車の修理中だ。

「そこのを勝手に使ってっ!」

 いわゆる「空気入れ(手動のポンプ式)」を指さした。

「おいくらですか?」

「まさか! 要らないよ!!」

 無料だ。嬉しいじゃないか。

 取っ手を掴んでスコスコ空気を注入する。意外と反動が強く、力を入れないとポンプが下がらない。久しぶりの感覚だ。

「ボクにもやらせてよー」

 代わってあげると、7歳の次男はやっぱり四苦八苦している。

「タイヤの空気ってこうやって入れるのかぁ」

 次男が妙に感心していた。

「知らなかったのか?」

「初めて!! 難しい!!」

 そうか。子どもってひとつひとつ、こういうコトを経験して覚えていくんだなぁ。空気入れを買って自分でやらせるのも勉強だ。買おうかな、2680円。

 そういえば子どもの頃、親父がパンクの修理するのをそばでジーッと見ていた。穴のあいた箇所を探すために、水を張った洗面器にチューブをつけて破れ目からあぶくが出るのを待つ。「ここだ……」と言って、親父が仕事をする。タイヤにチューブをはめ込んで空気を入れ、

「よし、一丁上がりっ!!」

 とサドルを叩く親父を見て、

「お父さんはスゴい……」

 と思ったものだ。

 若いうちにパンク修理くらい出来るように親父に教わっておけばよかったと、今になって思う。1月28日で38歳になる、今からでも遅くはないかな。

 今年はパンクの修理を身につけようか。普段、空気のような父親の威厳も少しは取り戻せるかもしれない。

週刊朝日 2016年2月5日号

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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