草刈正雄「堺君は別の幸村像。丹波さんが僕の両肩に重くのしかかる(笑)」

 30年前、NHKドラマ「真田太平記」では、赤い甲冑がトレードマークの真田幸村を演じ、幸村の女性人気を不動のものにした草刈正雄さん(63)。2016年の大河ドラマ「真田丸」では幸村の父・昌幸に扮し、かつて共演した丹波哲郎氏の当たり役に挑戦する。その意気込みを語ってくれた。

──「真田太平記」のころを思い出されることはよくあるんですか。

 プレッシャーがあるんで、そういう余裕もないですよ(笑)。ただ、形というか、昌幸、幸村、信幸(のち信之。幸村の兄)の並びで思い出されることはありますね。たとえば、密談か何かで囲炉裏を親子で囲んでいるときとかね。

 真田屋敷の昌幸の部屋には隠し部屋があったり、いろんな仕掛けがあるわけですよ。そういうのも「ああ、こういうのあったな」ってね。懐かしく感じます。

──その思い出深い真田家の物語で心に残るのはどんな場面でしょうか。

 ドラマでの話になるんですが、昌幸は戦の最中に碁を打つんです。丹波さんのときにもそういうシーンがかなりあったんですけど、今回もかなりあるんです。戦で大変だってときに碁を家臣とやり続けて、打ちながら命令を下す。その描写はすごく印象的ですね。

──そのシーンは、やはり意識して力が入りますか。

 そのシーンを考えだすとまた丹波さんが肩に降りてきますよ(笑)。「もう向こう行っててくれ」と思いますけどね(笑)。おそらく「ちゃんとやれよ」って見てくださっているんでしょうね。

──「真田太平記」では子の立場でしたが、「真田丸」では親の立場です。関ケ原の戦いを前にして、家族と袂を分かつことに対してはどう感じられますか。

 昌幸はあの時代、必死だったと思うんです。とにかく生き残ること、真田の血を残す、ということだけを考えて動いていた人だったんじゃないかなと思います。どんな手を使っても、何をしてでも、というような。だから傍(はた)から見たら「いいかげんな奴だな」と思われていたんじゃないでしょうか。名門から見たら「なんじゃあいつは」みたいなね(笑)。そうであっても構わず、真田の名を残すために必死であったということなんじゃないですかね。

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