アベノミクスの金融政策の柱である日銀の量的緩和政策。伝説のディーラー”と呼ばれた藤巻健史氏は、責任を押し付けられた黒田日銀総裁の発言に焦りを感じたという。

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 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。

 私が株価に強気だった数年前、講演後、「藤巻さんの話を聞くと本当に明るくなります」と大いに感謝されたものだ。問題は、その後しばらくしてから「藤巻の話を実行に移したとたんに(買った株が値下がりして大損し)暗くなってしまったぞ」と怒りの抗議が来ることだった。

 今年はたとえお話しする内容が暗くとも、お読みくださった方が「おかげで財産を守れた」と感謝してくださればと思っている。

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 日本人の多くが「ボツワナ」という国の名前を覚えたのは、2002年の日本国債の格下げで、「ボツワナより下」と表現された時からではなかろうか? 少なくとも私はそうだ。あの時、某新聞社から感想を聞かれて私は「当然だと思いますよ」と答えた。翌日、財務省の偉い方から電話があった。「藤巻さん、格付けとは国の倒産確率ですよ。日本国が倒産すると思いますか?」

 そう言われてみればそうだ。日本は必要とあらば、日銀が紙幣を刷ってその場しのぎをするだろうから「資金繰り倒産」はしないだろう。そう考えて「おっしゃる通りですね。私のコメントは間違えていました」と答えたことを覚えている。

 しかし「異次元の量的緩和」で日銀が国債を爆買いし、購入用の紙幣を刷り続けているのを見ていると、あの時の「間違いでした」発言は軽率だったと反省する。国は資金繰り倒産しなくてもハイパーインフレが国民を苦しめる。

 
 今、日銀がやっていることは元禄時代に江戸幕府がやった貨幣改鋳と同じだ。藤巻への給料1両の資金繰りに困った幕府が、1両小判を鋳直して、金(きん)含有量半分の2枚にし、そのうちの1枚(1両)を藤巻に渡しているのだ。小判の価値は下がり物価は上がる。日本国債が最上級の格付けだからと言って「財政が健全だ」とは言えないのだ。

 その観点からすると、読者の方は「国債格下げが行われようと行われまいとあまり意味あることではない」と思われるかもしれないし、過去も格下げでマーケットが大きな混乱に陥ったことはない。

 しかし、格下げに注視すべき時期が到来しているのかもしれない。日銀の黒田東彦総裁が11月30日、名古屋市内での講演の中で「格下げ」について触れられた。

「今後、日本国債が格下げとなるような事態になれば、日本の企業や銀行の格付けも下がり、外貨調達にも『潜在的には影響し得る』」と警告し、「国債の信認維持は『財政や日本経済全体にとっても重要』」と語ったそうなのだ。

 今、邦銀や日系企業は、他国金融機関や企業のドル調達コストに多少の上乗せ金利を要求されている。もし日本国債が格下げされると、さらなる上乗せコストを要求される(ジャパンプレミアムという)。字数の都合上、ここでは詳しく述べないが、その事態に対処し邦銀などが取る対策はかなりの「ドル買い/円売り」要因となりうる。

 政府は新アベノミクスを発表した。方法の見つからない「量的緩和」の出口戦略を日銀に押しつけ、量的緩和には知らんふりの責任回避行動を始めたように私には思える。この黒田発言は「政府に梯子を外されて焦った黒田日銀が、国債の信認維持を訴え始めた」とも私には思えるのだ。

週刊朝日 2016年1月15日号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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