“伝説のディーラー”と呼ばれた藤巻健史氏が、「財政問題は手遅れ」と断言する理由と、二度と同じことを繰り返さないために、何をすべきかを語る。

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 先日、タクシーに乗って女性ドライバーの方と世間話をしていたら、ご自身は60歳だと自己紹介しながら私の年齢を聞いてきた。

「65歳です」「あ、そう。若そうに見えるわね。でも65歳で働いているのなら契約社員?」

 んんん? でも考えてみれば確かに私は契約社員だ。「ハ、ハ、ハイ、そうです」「契約終了まであと何年?」「3年半です」「その後も働き続けるの?」「どうでしょうか? ボスの意向いかんです」

 ちなみにボスとはこのドライバーの方を含めた国民の皆様です。

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 12月4日に出演したBS日テレ「深層NEWS」の最後にキャスターの方に、「財政が危機的だとおっしゃるのならどうしたらいいですか?」と聞かれて「もう手遅れです」と答えたら、帰宅してから長男けんたに「印象が極めて悪い」と怒られた。私のブログにも「対応策が言えないのなら単なる評論家にすぎない」というお叱りのメールがきた。以前から「政治家になった以上、だめだ、だめだと言うのではなく建設的な解決策を発信しなさい」とよく言われたものだ。

 対応策はあるにはある。しかし明言するのをはばかられるほど過激だ。財政事情自体が過激なので残念ながら過激な対処策しかないのだ。しかし今の日本の政治土壌でびっくりするほど過激な対処策が受けいれられるとは到底思えない。だから「もう手遅れだ」と言わざるを得ない。

 
 10年前、20年前ならいざ知らず、ここまで財政が悪化した段階で「対応策を言え」というのは第2次世界大戦の敗戦1カ月前の戦況劣悪なときに「おまえを陸軍大将にするから米国に勝て」と命令されたのと同じくらい難しい。私はこの20年間、現場の人間としてかなり多くの意見を強烈に発信し続けてきたつもりだ。しかし契約社員(=政治家)は「実務家の意見」(海外ではそれなりに賛同者の多かった意見だと自負している)に耳を傾けてくれなかった。だから彼らに影響を与えるべく私も「契約社員」を希望したのだ。

 第2次世界大戦でたとえれば「開戦を防止しえなかった以上、なるべくダメージの少ない状態で終戦を迎える」べきだ。延びきった戦線を無視して戦争を拡大するのは愚の骨頂であり、「後は野となれ山となれ」の「1億玉砕戦法」など論外だ。

 アベノミクスで「財政ファイナンス」(政府の資金不足を中央銀行が紙幣を刷ることによって補填する政策)をし、その刷り上がった紙幣で財政出動をするのは「後は野となれ山となれ政策(=ハイパーインフレ政策)」そのものだと思えてならない。だから反対する。来たるべき困難の時期にどう国民を守るか?を考えることこそが私の役目だ。

 個人はドルを買って自衛する。国もドルを備蓄し、食料、燃料、高額医薬品の緊急輸入の原資とする。ハイパーインフレで価値のなくなる円ではモノを売ってくれない外国もドルなら売ってくれる。危機に耐えていれば大幅円安で日本は力強く再興する。

 市場原理は偉大だ。ただその際、二度と同じ間違いをしないよう、将来に向けてきちんとした青写真を描くことが不可欠だ。真の資本主義国家をつくるのだ。混乱が避けられないのなら、せめて「不幸中の不幸」を「不幸中の幸い」に変えるのが契約社員としての私の重要な責務だと思っている。

週刊朝日 2016年1月1-8日号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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