ジャーナリストの田原総一朗氏は、ある近代史研究者の中国問題に関する言及をこう解釈する。

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 私は日本の近代史の研究者として坂野潤治氏を信頼している。その坂野氏が「日本は明治以来、中国問題で失敗し続けている」と指摘した。

 坂野氏には、よく会って話をうかがうのだが、そのことを言いだしたのは最近になってからである。

 坂野氏は、失敗の典型例として日中戦争を引き合いに出した。

 1937年の盧溝橋事件から始まった日中戦争は終始日本軍が優勢だったが、戦争は終結せず、太平洋戦争を迎えてしまった。

 坂野氏は、太平洋戦争は実はアメリカのほうがやりたかったのだと説明したことがある。日本が韓国を併合し、満州事変をやって中国東北部を奪い、中国そのものを乗っ取ろうとしている。このままいけば、日本はアジアにおけるドイツのような存在になる。そうなると手がつけられないので、早いうちに日本をたたき潰しておく必要がある。ルーズベルト大統領のアメリカはこう考えていて、日本はその思惑に乗ってしまったというのだ。

 日中戦争は、結果としてアメリカを引っ張り出すことになってしまった。だから失敗だというのが坂野氏の持論なのだが、最近あらためて「失敗の典型」として持ち出したのは、その念押しのためではない。

 日本人は、日清戦争に勝って以来、中国をバカにするというか、軽く見る習慣、体質ができてしまった。

 
 盧溝橋事件にしても、現地軍の間では停戦協定が成り立ち、なにも戦争にまで推し進める必要はなかったという。だが、軍の幹部たちは中国を軽く見て、日本軍が精鋭部隊で攻め込めば、蒋介石はかなわないと判断してあっさり降伏するだろうと考えていた。

 現に日本軍は上海を制圧した後、首都の南京を簡単に陥落させている。実は日本政府はドイツの駐中国大使であったトラウトマンに和平のための仲介を頼んでいたのだが、南京を陥落させたことで、強引に条件をつり上げた。そのうちに蒋介石が全面降伏すると思い込んでいたのだ。

 だが、日中戦争は果てしない戦争となり、日本はいたずらに兵力を消耗することになってしまった。坂野氏はこう言う。

「日本政府の幹部たちは、蒋介石を軽く見ていたのだが、いまになってみると、日中戦争は、のちにアメリカが大失敗したベトナム戦争と同じだった。ベトナム戦争も、アメリカはベトナムを軽く見ていて、アメリカ軍の力をもってすれば、簡単に決着がつくと思っていた。だが、決着がつくどころか、アメリカは兵力を消耗して、最後にはみっともなく逃げ出すことになった。日中戦争もこれと同じだった」

 坂野氏が最近になってこんな話をしたのは、現在の日本のあり方に強い危機感を抱いているためである。

「日本人は、中国をどこかバカにしていた。そして失敗したのだが、それが現在も続いている。いま、新聞もテレビも雑誌や単行本も、ほとんど例外なく中国批判、中国攻撃が氾濫している。中国のGDPが日本を上回り、南シナ海などで権勢を拡大しているのが気に入らないのだ。これで日本が不況になり、株価が暴落すれば、中国とコトを起こしかねない。危ないと思う」

 坂野氏がこう指摘するとおり、日本のメディアには中国批判、というよりも敵意まる出しの非難ばかりが氾濫している。明らかに異常であり、これは危ないと思わざるを得ない。

週刊朝日 2015年12月25日号

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田原総一朗

田原総一朗

田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年、滋賀県生まれ。60年、早稲田大学卒業後、岩波映画製作所に入社。64年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年にフリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。98年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。早稲田大学特命教授を歴任する(2017年3月まで)。 現在、「大隈塾」塾頭を務める。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数

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