昔、新幹線に自由席はなかった! 鉄道の進化を元JR東海社長が語る (3/3) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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昔、新幹線に自由席はなかった! 鉄道の進化を元JR東海社長が語る

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元JR東海社長(現・相談役)須田寛すだ・ひろし/1931年、京都生まれ。54年に京都大学法学部卒業、日本国有鉄道入社。名古屋鉄道管理局長、旅客局長、国鉄理事などを経て、87年4月、JR東海社長。95年、会長に就任した(撮影/写真部・堀内慶太郎)

元JR東海社長(現・相談役)
須田寛

すだ・ひろし/1931年、京都生まれ。54年に京都大学法学部卒業、日本国有鉄道入社。名古屋鉄道管理局長、旅客局長、国鉄理事などを経て、87年4月、JR東海社長。95年、会長に就任した(撮影/写真部・堀内慶太郎)

 国鉄の料金体系の基本は、かつて新幹線特急券に「同一列車1回限り有効」と刷られた通り、同じ列車だけに有効で、たとえば「こだま」から「ひかり」に乗り換えることはできませんでした。運賃法が列車別を念頭に置いた料金を定めていました。「ひかり」「こだま」双方に自由席を設けて乗り換え自由にするには、この基本の考えを変え、新幹線全体を一つの列車群とした総合料金をいただくことが必要だったのです。「ひかり」「こだま」に区別のない料金の統合。改札を出ない限りホーム内では乗り換え自由。「ひかり」を含め全列車に自由席を設置。この三つがなければなりませんでした。

 料金改定へは運輸(現国土交通)省の認可がいるのでやりとりしましたが、「運賃法の趣旨に反するため、認められない」とのことでした。運賃法の法解釈としては列車別の料金体系が基本になっている、と。ならば、乗り換えをどうするかを問うと、両料金を組み合わせた「ひだま料金」を別に作れば良いとのことでした。

 ところが、ダイヤによっては速度差の少ない名古屋~新大阪間など、「ひかり」「こだま」に関係なく先に来た列車に乗りたい時も出ます。事前にどの列車にどこで乗り換えるかは決めづらく、決めても座席にムダが生じやすい。ややこしく、お客様にも国鉄職員にも混乱を招きかねません。

 しかし、私の上役の旅客局長と共に行っても、運輸省は「認められない」のまま。事例や現場の声を集め、状況を細かく伝え続けると、非常に時間はかかったものの、運輸省の担当課長が理解を示し始めてくれたのです。

 私が営業課長になったのは46(71)年3月。岡山開業はその1年後です。それに向け、あらゆる細部を急いで決定し続けねばならぬ中、この議論だけで数カ月かかったのではないでしょうか。延々と議論し、私は最終的に先方の課長に、正直にぽつりと伝えました。

「料金統合と自由席乗り換えができねば、現場はおそらくもう持ちませんよ」と。

 当時、国鉄の労働問題は厳しくなっていました。さらに問題が起き、運輸省がそれを促したとなるのを嫌ったのかもしれません。

「お客様の負担増となる国鉄の増収も、企業として損をする減収も認めない。そんな料金体系があるなら、あるいは料金統合もやむを得ないのかもしれない」

 との声が出始めました。そんな料金体系を作るのは、ほぼ不可能なんです(笑)。しかし、皆で毎日議論した結果、今の新幹線もそうですが、バスなどでもよく使われている「三角運賃表」による調整をするに至りました。

 料金レベルを極力変えないままの統合が見えてきたのです。「ひかり」利用がほとんどの区間は「ひかり」料金を適用する。「こだま」のみの区間では「こだま」料金にする。しかし、運輸省で「認められない」と退けられました。

 事前に集めて提出していた各種のデータを見た運輸省は、こう言ったのです。東京から京都や新大阪までは9割以上が「ひかり」利用者だから、「ひかり」料金が基本で構わない。しかし、名古屋までは8割が「ひかり」だが、2割も「こだま」利用者がいるではないか、と。確かに、そこだけは仕方がないので、東京~名古屋の「こだま」利用者は400円ぶん割り引く制度となりました。それが最後の妥協点です(笑)。この改革の反映で、今の新幹線の切符には、かつての「同一列車1回限り有効」でなく、「途中出場できません」と印刷されるようになったのですよ。

週刊朝日  2015年12月18日号より抜粋


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