作家・北原みのり氏の週刊朝日連載「ニッポンスッポンポンNEO」。北原氏は、警察に逮捕されてから1年が経ち心境に変化があったという。

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 去年の12月3日に警察に逮捕された時から、ようやく1年経った。この1年、私は、できるだけ「語らない」ように過ごしてきた。

 留置場に入った晩、弁護士の村木一郎先生が「ここで体験したことは、作家として、きっと役立つはずです」と仰った。まだ入ったばかりだったので、そんなこと考えられる状況ではなかった。ただ、私服を取り上げられ裸にさせられ、体の傷を一つ一つ職員の女性数人に囲まれ数えられ、「なんで、こんなに傷があるの~!? ひゃー!」と笑われたこととか、いつか私は書くことになるのかなぁ~と、ぼんやりと考えていた。でも、そういう細かいことを一つ一つ書いていったら、私の母や父、周りにいてくれる大切な人たちの方が傷ついてしまうかもしれない、と思った。というか、今これを書きながらも、とても迷っている。

 権力の酷さを告発するために書けることは、いくらでもあるように思う。でも私は自分の発言が、どのように誰を傷つけるのか、誰を刺激することになるのかを、物凄く気にするようになった。事件の内容について、私が逮捕された理由について、検察とのやりとりや、周りの人たちの反応、そして私が「わいせつ罪」を認めたことの理由。書くことは、たくさんあるだろう。でも、スラスラとは書けないのだった。

 書けない理由の一つは、時間だと思う。まだ、語れるだけの時間が経ってないのだ。つまりは渦中にいるような気分が、続いている。そしてもう一つの理由は、世界の色が、よくわからなくなってしまったのだ。

 
 3.11の時も、そう思った。それ以前とそれ以後、人生が断絶されたような気分。3.11で断絶されて、まだその傷の中を生きてるのに、さらにまた断絶されてしまった。そして「もう元の世界には戻れない」気分は、口を重くするものだ。私は誰に向かって、何を語るべきなのか。そもそも私が立っているここは、どのくらい信用していいのだろう。私は以前の自分では考えられないほど、慎重になっていった。というか、前の私がどんな人だったか、よく覚えてない。

 1年経った。私は自分が落とされた「穴」を、ずっと覗き続けるだけの、1年だったように思う。私がどんな「穴」に落ちたのか、知りたいと思っていた。そうするうちに、こう考えるようになった。事件について無理に書こうとしなくていい。ただ、自分が落ちた「穴」を知るべきだ。知って、そのことを言語化していこう、と。なぜならば、多分、なのだけど、私が落ちた穴には、私以外にも、たくさんの人が落ちているように感じているからだ。

 国家に捨てられた人、捨てられようとしている人、あらゆる暴力に苦しむ人、嘘や憎しみに翻弄される人、そのために人生を奪われる人。暗く重く不愉快な時代に運ばれるように生きている人。そんな私たちの言葉を、私はやはり書いていきたいな、って。ようやく1年経って思えた。

 これからも、読者の皆さま、宜しくお願いします。

週刊朝日  2015年12月18日号

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北原みのり

北原みのり

北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

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