「世界の女優の中でも、ヘレン・ミレンさんほど美しく年を重ねている人は希有な気がします」(※イメージ)
「世界の女優の中でも、ヘレン・ミレンさんほど美しく年を重ねている人は希有な気がします」(※イメージ)

 年齢を重ねることで、若い頃よりも輝きが増す。明るい、生き生きとした表情になる――。それは、ひとつの理想の生き方ではないだろうか。

 取材の途中、「世界の女優の中でも、ヘレン・ミレンさんほど美しく年を重ねている人は希有な気がします」と伝えると、「若い頃は理想を求めていたので、私は非常に貧しかったのです。今は、こうしてゴージャスなドレスを身に着け、ヘアもメイクもプロの方にお願いできているから、そう見えるのかもしれません。私はラッキーだったと思います」とにこやかに答えた。

「20歳から35歳までは、非常に純粋な演劇を求めていて、(英国人演出家の)ピーター・ブルックさんとアフリカへ公演旅行に出かけたり……。お金のために芝居をするということがなかったですからね」

 遠くを見るような目でそう言ったあと、「でも、今は逆です。理想じゃなく、現実だけを見ているんです」と言って、朗らかに笑う。その言葉が冗談であることは、「出演する映画をどうやって決めるか」という質問に対する答えを鑑みても明らかだ。公開中の映画「黄金のアデーレ 名画の帰還」で彼女は、クリムトの名画を奪還すべくオーストリア政府を訴えた実在の女性マリアを演じているが、役を引き受けた理由の一つは、前回演じた役と違うキャラクターであることが大きかったそうだ。

「出演した映画が、興行的に成功すると、同じものを繰り返し求められることが多くなります。観客からも、同じような役どころを期待されます。もちろん、同じ役を繰り返し演じて大成功を収める俳優もいます。でも、私は毎回ガラリと違う役を演じたい。それは、観客には気に入られないかもしれない。でも、演じ手としては、そのほうが絶対に満足できる。私は、経験したことのないことをしてみたいと、常に思っているのです」

 それから、自分が手放したものを懐かしむかのように言葉をつないだ。

「若者は、理想を追いかけるもの。若者が理想を失ったら、人類は終わるのではないでしょうか。中年になると、どこかで理想がファンタジーのように感じられてしまう瞬間があって、理想主義が現実主義と入れ替わる。でも、私だって理想を“捨てた”わけじゃない。人は、映画を見なくても生きていけるけれど、人類の歴史というのは、物語を語ることで続いてきた。映画というのはその、物語を語る行為の一つだと思います。ですから、身体にとって栄養にはならなくても、心や、想像力にとっての栄養になると信じているのです。私の、“女優”という箱の中には、喜びだけでなく、失望や苦痛や哀しみなど、いろいろな感情が詰まっていて、演じてみると、年齢を重ねた今でもままならないことが多い。でも、私は、芸術家や音楽家、画家のような“魂から仕事をしている人”と同じように、自分も女優が“天職”だと思って、やっています」

週刊朝日 2015年12月11日号