「憎しみという贈り物はあげない」(※イメージ)
「憎しみという贈り物はあげない」(※イメージ)

「憎しみという贈り物はあげない」というテロ被害者の遺族からのメッセージが話題となっている。その悲壮なメッセージは自分を確立しようとするせいいっぱいの皮肉だと、エッセイストの嵐山光三郎氏は、読み解く。

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 11月13日のパリ同時多発テロで妻を亡くしたフランス人ジャーナリストのアントワーヌ・レリスさん(34)がテロリストに向けて書いたフェイスブックが、世界中で評判になっている。

「憎しみという贈り物はあげない」というメッセージを朝日新聞11月20日付の記事で読んだ。11月22日には、パリの渡辺志帆記者によるインタビュー記事で、犠牲となったエレーヌさんが、息子メルビルちゃんを抱いた写真が掲載された。

「憎しみという贈り物」という表現が、レリスさん特有の心情で、「わたしの最愛の人であり息子の母親の命を奪ったきみたち(テロリスト)を憎むつもりはない」と宣言した。

 テロリストを憎んでやらない。つまり、テロリストの人格を認めない。きみたちは死んだ魂だからきみたちに憎しみという贈り物はあげない。

 これにより、憎しみとは贈り物である、という感情がわかる。エレーヌさんの写真を見ると、女優のように目鼻だちがくっきりとした美人である。こんなにステキな妻を殺されたのに、「おまえらを許さないぞ。必ず復讐してやる。生涯かけて呪い殺してやる」と怒りたくなるのをぐっとおさえて、こう書いた。

 イスラム社会では「目には目を、歯には歯を」という暗黙のルールがある、と聞いていたから、レリスさんの寛容の精神は「平和や愛、反戦の思いがある」と評価された。キリスト教の寛容の精神は「武器よりも強い」ということだろう。

 日本には「罪を憎んで人を憎まず」という言い方がある。犯罪は憎んでも、犯罪者を憎まないという諦観である。しかし、これはきれいごとのたてまえで、本当のところは、犯罪を憎むがそれ以上に犯罪者を憎むのである。大切な人を殺されれば、殺した相手を憎むのは当然の感情である。時間がたっても、憎しみはつのるばかりである。憎しみは永遠に残る。レリスさんは、最愛の妻を殺され、深い悲しみのなかで「幼い息子を思ってこう書いた」という。「息子が憎しみを抱かずに生きていくために書いた」と。

 レリスさんがいう「憎しみという贈り物」とは、国家レベルでは戦争であろう。テロリストに対する憎しみを、報復の戦争で解決する。

 フランス軍はイスラム国(IS)の拠点への空爆を強化し、アメリカ、ロシアもシリアへの空爆をつづけている。ISのテロは正当でないが、十倍返しの空爆。

 IS封じ込めの軍事作戦は、誤爆によって犠牲となる市民が出て、ますます収拾がつかなくなる。憎しみは負の連鎖となる。

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