涙を流す舞の海に励まし 北の湖理事長の“神対応”

 11月20日、日本相撲協会の北の湖理事長が九州場所中に直腸がんによる多臓器不全で倒れ、帰らぬ人になった。力士時代は強すぎる、顔がコワいと疎まれたが、強面の素顔は優しく、引退後は相撲のために体同様大きな心で角界を牽引した。数々の“神対応”を紹介しつつ、冥福を祈りたい。

 北の湖は少年時代からオーラを発していた。そう話すのは、寺院建築や仏具などを製作する翠雲堂の山口豊社長だ。

「47年前に総持寺(神奈川県)の仁王像を作りました。モデルになる“しっかりした体”の力士を求めて、彫刻家の阿部正基先生は相撲部屋を回り、この子だ、と選んだのが北の湖でした」

 10日もアトリエに通い、仁王に扮してえいっとポーズをとる少年を、山口社長は覚えている。

「筋肉がすごくて、ピカピカ輝いていました」

 その体が成長し、昭和の大横綱になったわけだが、怒ったように眉間に皺を寄せた表情で人気力士をバタバタと倒したため、世間では“ふてぶてしい敵役”になった。だがその心は、外見とは逆に優しかったという。

 力士時代に「技のデパート・本店」と呼ばれた大相撲解説者の舞の海秀平さんは、北の湖の優しさで大相撲への道を開いてもらった。

「北の湖さんの『がんばれ』という声が忘れられません」

 舞の海さんは新弟子検査を受けた1990年、当時の合格規定(身長173センチ以上)に4センチ足りず、頭皮を切ってシリコーンを埋めて、嵩(かさ)を増した頭で検査に臨んだ。ところが処置痕が痛み、その痛さにぐっと耐えて検査の順番を待っていた。

「涙を流しているとふいに誰かが近づいてきた。北の湖さんでした。私の肩に手をおき、大丈夫? もう少しの辛抱だ、がんばれと言ってくれました」

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