なぜ法皇の頭痛を治すために柳の木を切らねばならなかったのか。それには前世の因縁が深く関わっていました。法皇の前世が蓮華王坊だったのです。蓮華王坊はその柳の梢に突き刺さって息絶えたため、ドクロは柳の下に埋まったまま。柳が揺れるたびに法皇は頭痛を起こしていたのです。

 人間と植物が夫婦になる話は文楽作品の中でも珍しく、三十三間堂の正式名称である蓮華王院を引用して蓮華王坊という架空の人物を作る、江戸時代の作者の趣向も素晴らしい。前世での因縁を絡めることで物語を壮大に、ファンタジーに仕立てているのですから。

 中でも一番の見どころは、柳の木が都へと運ばれていくクライマックスです。大勢で引く途中に柳の木はぴたりと動かなくなりますが、「無惨なるかな幼き者は、母の柳を、都へ送る~」と平太郎が木遣り音頭を唄い、みどり丸が綱を引くと、柳の木は再び動きだすのです。幼いみどり丸も柳の木が母のお柳であると分かり、「ヤアこりや俺が母様か」という言葉とともに柳の木にすがりつくのでした。親子の別れ、人間と植物が交流する瞬間にきっと胸が熱くなることでしょう。

 今回は午前と午後、日程によって二つの異なる配役を楽しむことができます。開演が午後六時半と遅い日もありますので、会社帰りにぜひご覧いただければと。頭痛にお困りの方は三十三間堂で御札を手に入れることも合わせてお薦めします。

豊竹咲甫大夫(とよたけ・さきほだゆう) 
1975年、大阪市生まれ。83年、豊竹咲大夫に入門。今回の東京公演では「三十三間堂棟由来」の鷹狩の段と、「奥州安達原」の朱雀堤の段を務める。

※「三十三間堂棟由来」は12月2~14日、東京・国立劇場小劇場。開演時間や配役の詳細、空席状況については、国立劇場チケットセンター(http://ticket.ntj.jac.go.jp/)。

(構成・嶋 浩一郎、福山嵩朗)

週刊朝日 2015年12月4日号