「子どもを産むのがブルジョア」な日本はもう“瀬戸際” 『下流老人』作者が語る

週刊朝日#下流老人

嫌老社会を超えて
五木寛之著
978-4120047596
amazonamazon.co.jp

 藤田孝典さんの『下流老人』(朝日新書)に、五木寛之さんの『嫌老社会を超えて』(中央公論新社)と、「老人」と「貧困」をテーマにした書籍が今年は話題になった。9割貧困社会の危機を説く著者の二人はこれからどうなっていくと考えているのだろうか。

*  *  *
藤田:まず人口の減少によって、今の社会が維持できなくなるし、究極はお互いが尊重できない社会が来ると危惧しています。貧困問題も「明日はわが身」というところから提起していますが、「中流」がいなくなる現象が急速に進むと思います。

 実際に僕は、結婚したときに周りから「(結婚できるなんて)いい身分だね」と言われましたし、子どもが生まれたときには「(子どもにかかるお金を考えると)ブルジョアじゃないと産めないよね」と言われた。子どもを産むのがブルジョアなんですよ! 結婚、出産という、人間のあるべき普通の暮らしがブルジョアなんです。これは末期的ですよ。

五木:このままだと、格差が永久に固定化してしまう。教育や医療の格差もますます広がっています。

藤田:五木さんの世代の「努力で何とかなる」という時代と、私たちの世代のそれは根本的に違います。私たちは、出身家庭で将来が大体決まってしまう。東大の入学者なんか見ても、出身世帯の年収が如実に表れますよね。年収1千万円以上じゃないと行けないといわれています。

 今、住宅とか教育とか、人間が生きていくうえで最低限必要なものが全て「商品」にされている。私は、「脱商品化」をキーワードにして訴えています。

五木:本当にそうですね。一番大きいのは、医療が商品になっている。ただでさえ病院にかかれない人が出てきているのに、これ以上ハードルが上がると国民の生命が脅かされかねない。

藤田:まさに憲法25条の危機です。ヨーロッパなんかはそうした状態からもう切り替えて、最低ラインの住宅や教育は補うことができるよう、国が整えてきている。日本も本腰を入れて改革しないと、本当に瀬戸際のところまで来ていると思います。

五木 政府は憲法9条ばかりいじっているけど、平和とは健康で文化的な最低限度の生活を守るということで、平和そのものを守るということじゃない。

藤田:その「文化的な」が何を指すかというところで、海外だと結構それを論争してきたんです。日本はこの「文化的な生活が何か」という論争が未成熟で、人間のあるべき生活で最低限必要なものが何かというものが曖昧です。今、月13万円の生活保護費と必要な医療介護が最低限とされているけれど、最近ではそれすら贅沢だと言われ始めている。

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