ジャーナリストの田原総一朗氏は、安倍政権が経済界に設備投資拡大を迫るのは「命令」に近いという。

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 安倍内閣の閣僚や産業界のトップたちで構成される「未来投資に向けた官民対話」の初会合が10月16日に開かれ、そこで安倍晋三首相が「産業界は、設備、技術、人材へ、一歩踏み込み、投資拡大の具体的な見通しを示してほしい」と発言した。

 さらに甘利明経済再生担当相が、「高収益で原資がありながら投資しないことは、重大な経営判断の誤りだ。投資に対するコミットメントが弱ければ、さらなる要請をかける」と強調している。これは「要請」というより「命令」に近い。

 安倍政権が経済界に設備投資を迫るのは、円安効果などで大企業が過去最高の収益を上げているという現実があるためだ。法人企業統計によれば、2014年度の経常利益は全産業で64兆円。アベノミクスが本格化する前の12年度の48兆円と比べて約33.3%も伸びている。そして内部留保(利益の蓄積)も14年度は約354兆円と、12年度より50兆円増えている。

 ところが、国内の設備投資は、14年度は40兆円で、12年度比で5兆円増にとどまっている。多くの大企業が収益が上がっているのに、内部留保が多くて、設備投資が少ない。そこで、安倍首相など政府筋は「企業はもっと設備投資をすべきだ」と強く要請しているのだ。

 だが、こうした要請には批判が起きている。設備投資をするかどうかは企業が判断することで、政府が介入するのは筋違いだというのだ。

 エコノミストの田代秀敏氏は毎日新聞で、「企業が国内の設備投資になぜ消極的なのかを考えるべきです。人口が減り、人手不足も深刻な中、生産設備は増やせないし、生産拠点を成長する海外から縮む国内へ再び戻すのも難しい。経済活動への政府の介入は、民間が受け入れない限り必ず失敗する、というのがアダム・スミスの『国富論』以来の経済学の成果」だと、厳しく批判している。さらに同じ紙面で、早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問の野口悠紀雄氏は、安倍政権の経済政策を「社会主義的な経済政策」だと指摘し、「旧ソ連がどうなったかを振り返れば分かるように、そのような経済政策は企業の効率性を阻害し、結果的に国を貧しくするだけ。誤った政策です」と断言している。

 実は、同じような批判が、13年にも起きていた。

 
 13年2月5日、官邸で開かれた経済財政諮問会議の席上で、安倍首相は次のように語った。

「産業界には、人材育成投資を強化していただくとともに、業績が改善している企業には、報酬の引き上げ等を通じて、所得の増加につながるようご協力をお願いしていく」

「雇用と所得の増大につなげるためには、政府、産業界、労働界がこれまでの発想の次元を超えて、大局的観点から、一致協力して課題解決に動き出すことが必要である」

 安倍首相としては、何としてもデフレ脱却を図ろうとし、そのためには報酬、つまり月給を上げることで消費を活性化させ、企業が積極的に設備投資をすることでGDPを上げることを懸命に求めているのであろうが、そのための要請が「命令」に近くなると、それこそ野口氏が指摘する「社会主義的政策」ということになりかねない。野口氏は、安倍首相の一連の政策に祖父・岸信介元首相の影を感じるという。岸氏は戦前、戦中に「国家社会主義経済」を敢行した革新官僚であった。

週刊朝日  2015年11月20日号

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田原総一朗

田原総一朗

田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年、滋賀県生まれ。60年、早稲田大学卒業後、岩波映画製作所に入社。64年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年にフリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。98年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。早稲田大学特命教授を歴任する(2017年3月まで)。 現在、「大隈塾」塾頭を務める。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数

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