作家・北原みのり氏の週刊朝日連載「ニッポンスッポンポンNEO」。シルバーウィークに韓国を訪問し、驚いたという。

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 シルバーウィークを韓国で過ごして驚いたのは、日本からの旅行客が激減していたこと。街で日本語がほとんど聞こえてこない。ゲストハウスに、日本人がいない。あれほどソウルの街を賑わせていた日本人は、どこに行った!?

「今、韓国に来るのは韓流オタクや、本当に韓国が好きな人だけ。ふつうに旅行する日本人が少なくなった」

 ゲストハウスのオーナーが言う。ここ1年くらいで、パタリと日本からの客が、消えてしまったという。「韓国人は日本が嫌い」というような番組が、日本のテレビでここ数年、繰り返し流されてきた。嫌韓を煽る言説も、ネットで簡単に読めてしまう。そういう空気が、今、リアルに反映されつつあるのかもしれない。

 ソウルの街を歩くと、軍服姿の若者と時々すれ違う。思わず後ろ姿を追ってしまう。東方神起のユノ(もう、説明不要ですよね?)が今年の7月に徴兵に取られ、軍楽隊に配属されている。芸能人が配属されやすい部隊で、ユノの他にも、人気スターが歌ったり、司会をしたり、踊ったり「させられている」のが、ネットで流れてくる。先日も、坊主頭のユノが、地方の小さなイベントで、金の刺繍が施された真っ赤な制服を着て、全くイケてない同僚と、手拍子を打つ少人数の観客に向かって、運動場みたいなところで、一生懸命踊っている動画が回ってきた。

「いい男に坊主は似合わない!!」と女友だちから悲痛のメールが届く。「今、ユノは、孫悟空の芝居のために、遠征しているのだと思うことにしました」と、別の友だちが意味不明な決意を表明してくる。

 
 アイドルにはまるなんて、軽い衝動のようなものだと思っていた。でも、韓流にはまり、ずぶずぶと好きなものが増えていった結果、思いがけずぶつかったのは、「国家」というものだったかもしれない。

 意識してこなかった、意識しないでもすんだ、日本人であるということ。国家に対峙することも、国家暴力に巻き込まれることからも、全くリアリティのない世界に生きてきたのだと、韓流以降、気がつかされることが多い。韓流が好き!と言うだけでネットで誹謗中傷を受けるのは序の口だった。日に日に韓国に対するバッシングが深まり、ついには観光客の数まで減らすような空気が蔓延した。いったい、コレの始まりはどこだったんだろう? と考えずにはいられない。

 韓国に旅行している時、日本の安保法成立についての報道が大きく流れていた。韓国からみれば日本の安保法は、「朝鮮半島の緊張を理由に、アメリカに呼ばれればすぐに日本がやってくる」状態になってしまったということ。日本「軍」が朝鮮半島に再び上陸する悪夢の再来ともいうべき、リアルな恐怖なのだ。

 ああ韓流。ああ東方神起。ああ、国家の怖さにあまりに無自覚だった平和ボケな私。平和ボケとは、他国の脅威に対してではなく、自分の国に対する、うっかりした甘さだった。そのツケを戦後70年の今、多くの日本人が払わされている。

週刊朝日 2015年10月16日号

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北原みのり

北原みのり

北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

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